潮風の香りに、君を思い出せ。
大地さんが電話をしている間、私は前を向いたまま、外の景色がだんだん郊外の風景に変わっていくのを眺めていた。

首都圏を走り抜けるこの特急。うちは北の始発駅に近い。南の終点駅に海がある。

何度か、このまま降りずに乗って行ったら海だなぁとぼんやり思ったことはあっても、大学生活も三年目の春を過ぎても、実際に行く勇気も行動力も私にはなくて。都心を過ぎて南に行くのは初めてだ。



もしかしたらいい機会かもしれないな。

海を見て、お昼ご飯でも食べて帰ってくる?

スーツの人と一緒ってのは気になるけど、ご本人気にしてなさそうだし、知り合いといたら安心だよね。お姉ちゃんにだって怒られない。



大地さんはサークルでも人気がある面白いお兄さん的存在で、来るたび本気でみんなに喜ばれていた。

「これで俺は公的に休みを勝ち得たわけだ」

「おめでとうございます」

電話を切った大地さんは偉そうに足を組んだ。先輩としての威厳を見せつけたつもりなんだろうか。

勝ち得たって……堂々とサボっただけですよね。

相変わらずどこかおかしいな、この人。

「七海ちゃんはサボりだよね。出席とか平気?」

心配するように聞かれて、誘っておいて今さらなんだろうそれ、と呆れる。

「私はまじめなので、一度くらい欠席しても単位は取れますけどね」

窓の外を眺めたままで軽く答える。行くとは言ってないものの、電車は軽快に海を目指しているし、降りるタイミングも逃したし、了解したことになったんだろう。

友達に私も連絡しとこうかなと一瞬考えて、やめた。別にいなくても誰も気にしないよね、私の場合。
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