ポラリスの贈りもの
59、心震わせる写真集

まったく見当のつかない来客に戸惑いながらも、
私は男性の待つ玄関へと向かう。
しかし玄関には誰も待っておらず、
不思議に思いながらシューズを履いて外へ出てみた。
辺りを見渡しても男性の姿はどこにもない。
私は庭でまき割作業をしている敦くんに声をかけた。


星光 「敦くーん!誰もいないよー!」
敦の声「その辺に居るっちゃろー」
星光 「その辺って何処よ」


きょろきょろと辺りを見渡しながら、
男性を捜して海の方へ歩いていると、
後ろから聞き覚えのある声が聞こえたのだ。

男性の声「星光ちゃん」


ドクンと心臓が波打ったと同時に、
私の足はピタッと動きを止めた。
私の名前を呼ぶ力強いその声は、
胸の真ん中が熱くなるような懐かしさをもたらし、
身体の奥底から湧き出るような嬉しさも呼び起こす。
私は涙ぐみながらゆっくりと振り返った。
その人物とは、肩からカメラをかけた背の高い男性。



流星「やっと見つけたぞ、逃亡娘」
星光「流星さん……」
流星「『ひとりで抱えるな。
  何があっても二度と断崖絶壁には立つな。
  何が起きても、兄貴からも俺たちからも逃げるな』って、
  勝浦での俺との約束、忘れたの?」
星光「あっ」
流星「簡単に破んなよ。
  逃げたくなるくらい悩んでたなら、
  いつでも話せって言っただろ」
星光「どうして……
  私がここに居るって分かったんですか」
流星「兄貴に聞いた」
星光「七星さん!?
  でも何故、私の居場所を知ってるの?」
流星「涼子の検診の時に、兄貴が君のお母さんに聞いたんだ」
星光「母から……」
流星「折角両親に会えて一緒に住むようになったのに、
  寄りにもよって何故福岡なんだ」
星光「……もう。やっぱり今でも慣れないな」
流星「もしかして、俺の声?」
星光「はい」
流星「何度も聞いてる声だろ。
  いい加減慣れろよ」
星光「でも、何度聞いても七星さんとそっくりで、
  声だけじゃなく姿まで。
  兄弟だから当たり前だけど、今でもドキッとしちゃいます」
流星「ドキッとするくらい気になるなら逃げるなよ」
星光「あっ。ご、ごめんなさい……」
流星「はぁー。まったく。
  困ったお嬢さんだな(微笑)」


流星さんは安堵の溜息と一緒に微笑み、
包み込むような優しい眼差しで私を見つめた。
この地でこうやって彼と見つめ合い向かい合っていると、
目の前に北斗さんが居るような錯覚に陥ってしまう。
流星さんに会えた嬉しさを味わう間もなく、
北斗さんへの想いと、強烈なばつの悪さも襲ってきた私は、
照れくささと恋しさを隠すように両手で顔を覆った。


私たちは歩いて海へ向かい、
海岸へ下りると水平線を眺めながら話した。
流星さんと居るだけで、勝浦での出来事を想い出してしまう。


流星「今日、ここに宿泊するから宜しく頼むね」
星光「電話で宿泊予定の人って、流星さんだったんですね」
流星「ああ。兄貴もここを利用してたらしいからね。
  それにしても、
  『なごみ』が君の親戚の経営する民宿だったとはね」
星光「私も母に聞くまで知らなかったんですよ。
  親戚なんて濱生くらいしか知らなかったし」
流星「ずっとここで勤めるつもり?」
星光「いえ。私は臨時です。
  おじさんが倒れてしまって、おばあちゃんも高齢だから、
  地元の方に民宿を譲渡したんですよ。
  もうすぐここに次の経営者がやってくるんで、
  それまでの間は私が手伝うことになったんです」
流星「そうなんだ。
  兄貴から素朴でいい宿だって聞いてたから、
  経営者が代わるのは残念だな」
星光「ええ、そうなんですよね。
  私もここ好きだからとても寂しいんですよ。
  経営者が代わっても、
  方針や味は変わってほしくないなって思います」
流星「そうだ。
  夜遅くだけど、一人ここへ来るから宜しくね」
星光「えっ」
流星「食事は俺のぶんだけでいいから。
  持ち込みはOK?」
星光「えっ、ええ。
  それは大丈夫ですけど、後で来る人って……」
流星「あぁ…。
  来るのは君も知ってる人物だけど兄貴じゃないよ。
  もしかして期待させてしまったかな?」
星光「あっ、いえ」
流星「本当なら……
  兄貴がここに来るべきなんだけど、兄貴とは逢えない」
星光「そ、そうですよね。
  七星さんにも流星さんにも、とても良くして頂いたのに、
  私ったらお礼も告げずにあんな形で仕事も辞めてしまったんだもの。
  神道社長のご厚意で斡旋してもらったお仕事まで、
  お断りして福岡へ戻ってきてしまった。
  七星さんに愛想を尽かされて当然ですよね」
流星「まだそんなこと言ってんの。
  愛想を尽かしてるなら、俺はわざわざ君に会いに来ないよ。
  福岡へ舞い戻った理由が、
  また断崖絶壁に立つって言うことなら、愛想尽かすどころか、
  星光ちゃんでも容赦なくぶん殴ってるけどな」
星光「……」
流星「兄貴なんだけど、もう日本に居ないんだ」
星光「えっ」
流星「昨日、フランスへ行った」
星光「フランス……」
流星「一応、1年間ってことだけど、
  仕事の都合ではいつ帰ってくるか分からない。
  もしかすると、ずっと海外で仕事をするかもしれない」
星光「そ、そうですか……
  (いつ帰ってくるかわからない。
  もう七星さんに逢えないかもしれないのね)」
流星「兄貴から君を頼むと言われたけど、
  俺は兄貴のように君を愛してやれない。
  それに、恋しさも寂しさも埋めてやることはできない」
星光「流星さん」
流星「星光ちゃんは、兄貴が守ったその命とこれからの人生を、
  もっと素直に大事に生きなきゃいけないんだぞ」
星光「はい……」


岩にぶつかる涼しい波音と、
潮の香り漂う砂浜に私たちは座り込んだ。
北斗さんの現状を知って動揺し、落ち込み沈む私を慰めるように、
流星さんはショルダーバッグから、
白い紙袋を取りだしてあるものを手渡した。


流星「はい。プレゼント」
星光「プレゼント?」
流星「兄貴からだよ」
星光「えっ」
流星「出して見てごらん」
星光「は、はい」


私は恐る恐る白い紙袋から中のものを取りだした。
それは、北斗さんの新しい写真集だったのだ。
震える指でページを開いて、最初のページを見た瞬間、
驚きと嬉しさで私の両目は泉のように涙が溢れる。
涙の理由(わけ)
それは、載せられた写真とメッセージ、
そして写真集に挟んであった北斗さんからの手紙だった。


星光「この写真って、もしかして」
流星「そう。
  星光ちゃんが京都で撮った写真を兄貴がレタッチして、
  兄貴の写真とミックスさせて製本したんだ。
  この写真集は二人の合作ってことだな」
星光「合作……七星さん……」



(『君と重なるとき  北斗七星』)
 

 君の姿を追うように見知らぬ街を彷徨う
 君と見た景色  仲良く並ぶ後姿
 
 いつか君にたどり着けるんじゃないかと
 焦がれるこの胸は仄かにときめく
 
 触れた時の嬉しさ  向かい合えた時の幸福感
 何より大切にしたいと思える
 
 這って進まなければ前にはいけない 
 いばら交じりの道でも
 君と重なるときは光の道に見える
 
 凍えるほど寒いこの空間でも
 君の体温を感じるときはずっと浸りたいほど温かい
 
 君の存在は まだ見ぬ未来でさえも光り輝かせ
 傷だらけのこの足を前へ前へ進ませてくれるんだ』
 


写真集に載せている写真は、
私が京都で彼を思い出しながら撮したもの。
北斗さんと過ごした時、
この目に焼き付けた景色に似た場所を探して撮影した。
彼はその私の真意を読み取り、
同じアングルの糸島と勝浦の海や街並みをピックアップしていた。
知らない人が見ると、同じ写真が2枚載っているように錯覚する。
見れば見るほど不思議な写真集。
まるで私と北斗さんが向かい合わせで居るような感覚だ。
彼の言葉を受け止め、
ページをめくる度に私の頬を大粒の涙が走る。


流星さんは私が全て読み終わるまで、
黙ったまま海を眺めていた。
閉じた写真集を抱きしめて、
肩を震わせすすり泣く私の姿を見ると、
自分の胸に私の頭を引き寄せて力強く抱きしめた。


流星「それが、不器用な兄貴の本心だ。
  今までずっと星光ちゃんが知りたかったことだろ?」
星光「はい(泣)」


〈七星の手紙〉

『星光ちゃんへ
 君がこの写真集を手にした時には、
 僕はフランスのマルセイユに居るでしょう。
 本当なら、君の承諾を得て作るべき作品だけど、
 京都で星光ちゃんの撮影した写真から、
 君のメッセージを受け取りました。
 伝えられなかった僕の想いを、
 同じように感じ取ってもらえたら嬉しいです。
 君と過ごした糸島と勝浦での日々を胸に抱えて、
 僕は明日フランスへ行きます。七星』



写真集の最後のページにあった撮影者欄には、
北斗七星の名前と並んで『古賀星光』と私の名前が刻まれていた。
その名前を見て悟る。
東さんがど素人の私に何故コンパクトカメラを持たせ、
撮影するように進めてくれたのか。
京都へ行く前から始まっていた東さんの粋な計らいだった。
そして、一番知りたいと思っていた北斗さんの想いも、
この写真集の中に溢れんばかりに詰まっていた。



一日の終わりを告げるように夕日がゆっくりと低くなり、
玄界灘は次第に濃い藍色へと変化していく。
私の聞き分けのない恋心は、もう逢うことのできない北斗さんに、
「逢いたい、触れたい」ともがきながら、
沈みゆく太陽に懇願していた。


(続く)


この物語はフィクションです。
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