ポラリスの贈りもの
63、人生最大の決断

私は言われるがまま、
敦くんの後を追いかけるように坂を駆け下りる。
彼の話しぶりと流星さんの10件以上の着信。
高波のように押し寄せ襲ってくる、なんともいえない胸騒ぎは、
駆ける速度を加速させ、私は息を切らし“なごみ”へ戻った。


ゲストハウスにたどり着くと同時に、
握りしめた携帯がバイブ音と共に鳴りだした。
見ると電話の主は、やはり流星さんだった。


星光「もしもし!流星さん!?」
流星『やっと繋がった!星光ちゃん!今どこに居る!』
星光「今“なごみ”に戻ってきたの。
  流星さん、着信に気がつかなくてごめんなさい!」
流星『俺ももう着く』
星光「えっ?」


携帯を耳につけたまま、道路の切れ間を見ていると、
見覚えのあるシルバーの4WDが、
こちらに向かって走ってくるのが見える。
そして駐車場に着くなり運転席のドアが開き、
飛び降りるように流星さんが出てきた。
私は携帯を切って畳みながら走ってくる流星さんを出迎える。
彼の顔にはいつもの穏やかな笑みはなくとても深刻そうだ。


(福岡県糸島。ゲストハウス『なごみ』)



流星「星光ちゃん!今からすぐ出かける支度して!」
星光「えっ!?出かけるって」
流星「3、4日分の着替えと必要な物を持ってだ。
  支度が済んだら俺と空港へ行くぞ」
星光「流星さん、ち、ちょっと待ってよ。
  いきなり空港って、私、まだ仕事が」
流星「仕事どころか!!兄貴が大変なんだ!」
星光「えっ……七星さん。
  七星さんがどうかしたの」
流星「詳しいことは車の中で話す。
  つねさんと敦くんには、俺から事情を話してあるから、
  とにかく急いで支度して、一緒に東京の本社へ行くんだ!」
星光「東京。スターメソッドの本社……」


茫然とする私の手を流星さんは力強く掴んで、
建物の中へと連れていく。
縺れる足で靴を脱ぎ、手すりを頼りに階段を上がり、
自分の部屋へ戻った私は、押入れからバッグを取りだした。
無造作にチェストから服を取り、
デスクの上のフォトブックを手に握りしめる。
荷造りしながら頭の中では収集がつかないほど、
いろんな感情が渦巻いた。
見えない不安、失う憂思、悪夢を見ているような恐怖。


星光「(撮影中に怪我をしたの!?
  もしかして病気になって倒れた。
  それとも…何か事件に巻き込まれたのかもしれない。
  だって外国だもの。
  そういうことがあったって不思議じゃない!
  七星さん、お願い!無事でいて)
  私はまだ、貴方に言えてないことがたくさんあるのに……」


考えれば考えるほど、彼と過ごしたビジョンと一緒に、
力を無くした彼の最悪のビジョンまで浮かんできて、
キャリーバッグに荷物を押し詰める手が震えて止まらない。
二階に駆け上がってきた敦くんは私の部屋に入るとすぐ、
私に声をかけて荷物を持って下りた。
私も涙を拭いて、フォトブックの入ったバッグを抱えると、
流星さんの待つ玄関へ向かったのだ。




空港へ向かう車の中で、七星さんに起きた大変な出来事を聞く。
走り出してすぐ、
流星さんはまっすぐ前を向いたまま無言で運転していたのだけど、
徐に問いかけると、大きな溜息のあと話し出した。
私はその内容に息を飲む。



星光「流星さん。七星さんに、何があったんですか」
流星「ふーっ。星光ちゃん。
  今から話すけど取り乱すなよ」
星光「は、はい」
流星「兄貴は……
  今週始め、マルセイユにある小さな島、
  イフ島へチャーター船で出かけた。
  兄貴を含めた撮影クルー5名、観光ガイドと通訳、
  クルーザーの船長の8名でだ。
  その船が、マルセイユ沖で遭難した」
星光「えっ……遭難!?」
流星「今回マルセイユでやってる撮影は、
  依頼先のKTSの仕事でイフ城を含む古城撮影だった。
  マルセイユには4つの島があって、
  兄貴たちが向かったイフ島、
  それからラトノー島とポメーグ島が繋がった、
  フリウル島とティブラン島がある。
  世界遺産や美術館巡りもできる有名な観光地だし、
  遊覧船ツアーだってあるくらいで、
  いつもはそんなに上陸の難しい場所じゃない」
星光「はい……」
流星「でも、その日は天候が急に変わったらしく、
  現地社員に聞いたら波も高かったらしいんだ。
  通常イフ島は大陸から20分から30分でたどり着く距離だけど、
  島の海岸線は岩礁に囲まれていて、
  強風や波が高い時はイフ島には寄港できないんだ。
  それで、もし寄港できない時は、
  その先のフリウル島へ直行する予定にしていたらしい」
星光「そ、それで、
  七星さんや一緒だった皆さんの安否は!?」
流星「まだ詳しい情報が入ってこないんだ」
星光「そ、そんな……」
流星「神道社長や東さんが必死で安否確認をしてる。
  ドイツに居る浮城さんとカレンも、
  真相を確かめてるためにフランスへ飛んでるはずだ」
星光「七星さん……」
流星「俺。先週、兄貴に電話したんだ。
  どうしても兄貴の身の上が気になって。
  こんなことになるなら、はっきり行くなと止めるべきだった。
  そういうことだから星光ちゃんも、
  本社に着いたらすぐ神道社長に会って話を聞くんだ。 
  翌日、東さんと一緒にマルセイユへ行く。いいね」
星光「はい」
流星「兄貴は昔から悪運の強い男だ。
  今まで何度か危ない目にあっても何とか切り抜けてきて、
  何度もこういう修羅場をくぐって生きてきた」
星光「流星さん?」
流星「それに、みんなライフジャケットも身に着けてるはずだ。
  潜水道具だって積んで出てるはずで……
  あれだけ泳ぎも潜りも達者な兄貴なんだ。
  こんなことくらいで簡単にくたばるはずがないだろ!」
星光「うっ(泣)」
流星「くそっ!!くっ…そぉ……」


焦燥する流星さんはハンドルを2、3回叩き、
乱れる心を取り除くように叫ぶ。
それでもすすり泣く私の声を聞きながら、
流星さんは私を安心させようと気丈に話し続けた。
頻りに私を気に掛ける流星さんの声も、
事の重大さから震えているように聞こえる。  
都市高速道路を走り福岡空港へ向かう4WDの車内は、
深淵の悲哀と切ない苦痛が取り巻いていたのだ。

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