ポラリスの贈りもの
70、夢のような4つのサプライズ(前編)

厳粛でありながらも幸せに包まれた式が始まる。
その一方で私の心の中では、
この場に居ない北斗さんのことも気に掛かっていた。
同僚であり戦友でもある根岸さん。
そして、私の大の親友である夏鈴さん。
幾ら仕事に責任を持つという大義名分があっても、
大事な二人の門出を祝ってもらえないのはもの悲しい。
しかも、北斗さんは病み上がり。
私は納得できない面持ちを抱えながら、
純白のウエディングドレスに包まれた夏鈴さんの横に立った。


ヨハン・パッヘルベルの“カノン”が式場全体に広がる中、
ウエディングプランナーさんの指示で、
私と苺さんと共に夏鈴さんの前に立ち、
観音開きの重厚なドアの前で出番を待っていた。
極度の緊張で、ミニブーケを持つ手が小刻みに震える。
そんな私を心配して、苺さんが私の手を握り小さな声で話しかけた。


村田「キラさん、大丈夫?」
星光「う、うん。大丈夫…じゃない。
  心臓が飛び出そうなくらい緊張してる。
  だって、“メイド・オブ・オナー”なんて私には無理」
村田「大丈夫。キラさんなら必ずできます。
  だから、堂々と胸張って決してオロオロしない事。
  流れは覚えてますよね?」 
星光「う、うん。
  ドアが開いたら、流星さんと田所くんが私たちを待っていて、
  祭壇の前までエスコートしてくれるのよね」
村田「そうです。彼たちがエスコートしてくれます。
  そして、夏鈴さんが入場して根岸さんと並んだら斜め後ろに立って、
  誓約書を書くときは、花嫁のブーケを持ってあげればいいんです。
  儀式のときのサポートをするだけですから」
星光「う、うん」




係員の合図でギィーッ音をたて、ゆっくりと開く分厚いドア。
私の視界に大きなステンドグラスと、
サフラン色の式場全体が飛び込んでくると、
会場サイドの通路に陣取っていたカメラのフラッシュが一斉に光る。
一瞬眩しくて目を瞑ってしまったけれど、
私と苺さんはバージンロードを踏みしめて歩きだした。
すると数歩先にタキシード姿の流星さんと、
田所くんが私たちを待っていて、
見守るような穏やかな笑顔を浮かべている。
二人を見つけると、私の心は少しだけ落ち着きを取り戻した。
流星さんと田所くんは手を差し出し、
私たちの手を取ると腕を組んで歩き出す。
それと同時に司会者から、
ブライズメイドとグルームズマンの紹介が入り、
その微笑ましい姿を祭壇の前で待っている根岸さんも、
穏やかな表情で見守っていた。
前の席に座っているカレンさんと涼子さんは涙を浮かべ、
浮城さん、神道社長、東さんも嬉しそうに私たちを見つめている。
結婚式に参列する者全員が、
オルガンの奏でる音楽とその厳かな光景に酔いしれていた。


流星「星光ちゃん、大丈夫?」
星光「うん。大丈夫」


私たちがバージンロードの中央に差し掛かったとき、
ある異変が会場中を包み込む。
根岸さんが急に司祭に話しかけ、
司祭がうなずくと彼が式場の左側の通路をじっと見た。
そして、根岸さんの声が会場に響いたのだ。


根岸「すみません!演奏を止めてください!」


その声でオルガンの音は止まり、会場全体にざわめきが起きる。
何が起こったのだろうと顔を見合わせる参列者たち。
私も苺さんも突然の出来事に、顔を見合わせてすぐ根岸さんを見た。


根岸「流星!用意はいいかな!」
流星「ああ!いいぞ!」


根岸さんの声で、私と腕を組んでいた流星さんが手をゆっくり外し、
困惑の表情で彼を見る私に微笑むと、
ゆっくり通路を通って会場の左端にいるカメラマンたちに近寄った。
みんなの視線はピンポイントで流星さんに注がれる。
私たちも何が起きてるのか分からず、
動揺しながら彼の動く姿に見入っていた。
するとある一人のカメラマンが流星さんに持っていたカメラを渡し、
こちらに歩いてくる。


カレン「えっ(驚)ちょっと、陽立。
   あれって、まさか……」
浮城 「そう。そのまさか(笑)」
涼子 「流星……そういうこと(笑)」

その時、スポットライトが正面から私たちを照らしていて、
初めは誰がこちらへ向かって歩いてくるのか眩しくて分からなかった。
しかし、どんどんその人物が近づいて、
スポットの当たる場所まで辿り着いた途端、
私も苺さんもあまりの衝撃に、手袋で覆われた両手で口を覆う。
その人物とは……


村田「嘘でしょ……」
星光「七星さん!?」
七星「やぁ、星光ちゃん。お待たせ」
星光「な、何故。ここにいるの?
  七星さんはフランスじゃなかったの?」
七星「一昨日戻った」
村田「駿。もしかして、このこと知ってたの?」
田所「ごめん。根岸さんから口止めされてた。
  七星さんがここに居ることは、
  男性陣全員と夏鈴さんが知ってたよ」
七星「星光ちゃん。さぁ、僕の腕を取って」
星光「う、うん(涙)」
七星「僕らは根岸と夏鈴さんのメイン・オブ・オナーとベストマンだ。
  二人の幸せを妬んでやって来る悪魔を僕らが食い止められるように、
  ふたりで立派に務めあげような」
星光「うん……そうね」


根岸「ふっ(微笑)
  (良かったな。星光さん) 
  今、夏鈴のメイン・オブ・オナー、古賀星光と、
  僕のベストマン、北斗七星の準備が整いましたので、
  演奏をお願いします!」

司祭の微笑とともに、オルガンは再び鳴り響く。
私は左横で堂々と歩くタキシード姿の北斗さんに、
優しくエスコートされながら、
レッドカーペットの上をゆっくりと進んでいった。
私たちが定位置までたどり着くと、
根岸さんの穏やかな笑みが迎えてくれる。
流星さんは北斗さんのカメラを持ったまま、
前に移動し涼子さんの横へ座ると、
私にウインクしてカメラを構えたのだ。
彼らの嬉しいサプライズに、私の頬にはまたも涙が伝う。


オルガンの奏でる音楽が、
二人の大好きなテイラースウィフトの“Love Story”に変わり、
続いて喜びを頬に浮かべた夏鈴さんが式場に入ってきた。
彼女は嬉しそうに私と北斗さんを見つめ、
21mのバージンロードを静々と歩きながら根岸さんの許へ来ると、
根岸さんの手を取って私と北斗さんを見つめる。
そして彼女の口が『よかったね』と動いた後、夏鈴さんは正面を向いて、
根岸さんとともに司祭の聖なる言葉に耳を傾けていた。
式は、そのまま何事もなかったように厳かに進められたのだった。



皆が教会の外に並び、お祝いの言葉が飛び交う中、
開かれたドアからライスシャワーの祝福を受けながら、
根岸さんと夏鈴さんが満面の笑みで出てきた。
いよいよこの後、花嫁のブーケトスが始まる。
しかし、夏鈴さんは後ろ向きにはならずに、
根岸さんにエスコートされながら階段をゆっくり降りてきた。
そして二人は私と北斗さんの前にやってくると、
私にブーケを手渡したのだ。

星光「えっ……」
夏鈴「これを手にするのはキラちゃんしか居ない。
  そしてひろが幸せのバトンを渡すのも、七星さんしか居ないの」
星光「夏鈴さんと根岸さんが七星さんを呼んでくれたのね」
夏鈴「キラちゃんはもう充分、一人で頑張ったんだから、
  いい加減、七星さんに甘えなさいね。
  二人して幸せになろう」
星光「うん。夏鈴さん、ありがとう。
  根岸さん、ありがとう……」
根岸「星光ちゃん。
  これからはもっと素直になれよ」
星光「はい」
根岸「七星さん。今日はありがとう!」
七星「こちらこそ、大きなサプライズをありがとうな!」
根岸「これからパーティーが待ってる。早く行って」
七星「うん。恩に着るよ。
  こちらこそ、後宜しく頼むな」
根岸「ああ」
七星「星光ちゃん、行こうか」
星光「えっ。七星さん、行くってどこへ?」


北斗さんは、根岸さんとがっちりと友情のハグをした。
そして私の手を力強く握って歩き出すと、
教会の外へと私を連れ出した。
大通りに出ると、流星さんが回してくれた4WDが止まっていて、
北斗さんは車に近づきドアを開けて、私を抱きかかえ助手席に座らせる。
そしてゆっくりドアを閉めて、運転席に居た流星さんと交代すると、
流星さんにパーティーのことをお願いして、車を走らせた。
私が何処に行くのかと幾ら話しかけても、彼は無言で運転している。
夏鈴さんから渡されたブーケを持ち、
ブルーのブライズメイドドレスを纏ったまま。
私は行く先も分からぬままで、
北斗さんの横顔と流れる景色を交互に見つめていた。

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