ポラリスの贈りもの

高速を走り一般道に降りる。
教会を出てから40分、到着したのは吉祥寺の自宅だった。
私はまたも驚き、北斗さんを見た。
運転席から降りた彼は、
ポケットから携帯を取り出し誰かに電話をしている。
そして話し終えて、助手席のドアを開け私を車から降ろすと、
タイミングよくうちの玄関が開き、母が私たちを出迎えた。
母は微笑みながら北斗さんと私に声をかけると、
中へ入るように促したのだ。


(吉祥寺、星光の自宅)


応接間のどっしりとした大きなテーブルの前に座る仏顔の父と母。
そして意を決したようなキリッした面持ちで向かい側に正座する北斗さん。
何の説明もなされないままだったけれど、
緊張感漂うその場の空気を察して、
私も思わず七星さんの横にゆっくり座った。


七星 「星光さんのお父さん、お母さん。
   今日はお許しをもらいに伺いました」
美砂子「はい(微笑)」
七星 「星光さんを、僕にください。
   僕との結婚を許して頂けますか」
星光 「えっ」


北斗さんは背筋をピンと伸ばし、
凛とした姿と善良な眼差しで父を見ている。
そして父もそれに応えるように、
姿勢を正して北斗さんに話し出した。



憲二郎「七星くん。
   私がこの間、君に質問した答えを、
   もう一度聞かせてくれないか」
星光 「もう一度……
   (この間って、七星さん。以前父と会ってるの!?)」
七星 「はい。僕の名前をつけたのは、父です。
   父が夜空を撮っていた日、母がカメラを構える父に、
   僕がお腹の中に居ることを伝えたそうです。
   その日はとても北極星がきらきらと輝いていて、
   その先にある北斗七星もとても綺麗に見えていたと言ってました。
   写真を撮り終えた後、
   両親は僕の名前を七星(かずとし)と名づけようと決めて、
   その意は、北斗七星と北極星はいつも結びつくように輝いている。
   きっと僕が大人になって恋をする時、
   この北極星のように、人を魅了し安心を与えてくれる女性に出会い、
   隣で寄り添い輝くような人であってほしい。
   そして、
   人生の道に迷った人々を導ける人間になってほしいと……」
星光 「七星さん」
七星 「星光さんに出会ったとき、僕は星の撮影で福岡にいました。
   そして導かれるように出会って、彼女の中に北極星を見つけたんです。
   僕の人生にとって、星光さんはなくてはならない人です。
   ですから、結婚の承諾もですが、
   一緒に住むことも許して頂けないでしょうか」
憲二郎「そうか(微笑)
   この子が、お腹に宿ったと分かった日の夜、
   私たちも名前を星光(きらり)と決めた。 
   何時も動かず変わらずに光って、見た者の心をホッとさせ、
   誰からも愛され親しまれる北極星のように、
   人から愛される光を放つ人になってほしい。
   誰からも愛されて輝くという意味を込めてね。
   先日、君に会ってその話を聞いたとき、私はデジャ・ヴを感じてね。
   君のご両親は、私たちと同じ思いで君を育てたんだなと分かった」
星光 「お父さん……」
美砂子「あなた」
憲二郎「そしてあの日も、君なら星光を託すことができると思った」
七星 「それでは……」
憲二郎「どうか、星光のことを宜しく頼みます」
七星 「お父さん。
   許して頂いてありがとうございます!
   星光さんを大切にします。
   幸せにできるように精一杯支えます」
憲二郎「ああ(微笑)」
美砂子「星光は一人娘で、
   私たちは男の子を持つことが叶わなかったから、
   こんな立派で素敵な息子ができて本当に嬉しいわ。
   二人で生活するようになっても、
   貴方はもう、うちの息子なんだから、
   遠慮せずここへ帰ってくるのよ」
七星 「はい。お母さん、宜しくお願いします」
憲二郎「星光。七星くんだけでなくお前もだぞ。
   彼は大きな仕事や責任を抱えて日々走り回っているんだ。
   お前もしっかり七星くんを支えて、二人末永く仲良くな」
星光 「はい。お父さん、お母さん。ありがとう……
   七星さん、ありがとう」
七星 「ああ(微笑)これからは一緒に暮らそうな」
星光 「うん」



そう。
北斗さんが退院の日、母にしたお願い事とは、
父に私との結婚の承諾を得る手伝いを頼んだのだ。
そして、フランスへ行く前に私には内緒で彼はうちに来て、
両親と話をしていたのだった。
これが北斗さんが私に送った二つ目のサプライズとなる。


両親に見送られながら、実家を出た北斗さんと私は、
みんなの待つ披露宴会場へ向かって走り出した。
根岸さんと夏鈴さんの披露宴は、何百人も入る盛大な披露宴ではなく、
あるお店を貸しきって、
親しい人たちだけで執り行なうアットホームパーティー形式。
夏鈴さんの体を考慮して根岸さんが決めたらしい。
先程とは明らかに違う北斗さんの表情を見て、
安心した私はまた話しかけた。


星光「もう。七星さんのサプライズ、心臓に悪いわ」
七星「ん?(笑)そうかな」
星光「でも、すごく嬉しかった」
七星「そうか。それなら良かった」
星光「何故、フランスへ行ったこと、私に黙ってたの?」
七星「それは……
  僕がフランスへ行くって言ったら反対したろ?」
星光「えっ(驚)それだけ?」
七星「それだけってわけじゃないけど、
  フランスへは仕事の引継ぎと後始末に行ってた。
  10日間くらいで帰る予定でいたんだけど、
  マルセイユで一緒に仕事をしていた現地カメラマンの浦本から、
  カメラを預かってるって連絡をもらってね」
星光「えっ……もしかして、そのカメラって」
七星「そう。水没したと思ってたEOSとD700。
  事故が起こってすぐ、浦本が機転を利かせてくれてね。
  皆のカメラをその場にあった毛布にくるんで、
  ブルーシートでぐるぐる巻きにして包み、
  ロープをかけて救命ボートに放り込んだらしい」
星光「はぁ……」
七星「レンズは何本か割れていたけど、
  僕のカメラは二台とも無事だったよ」
星光「す、すごい……
  その浦本さんって人、すごい!」
七星「ああ(笑)
  だからあいつにフランスでの仕事を任せてきたんだよ」
星光「七星さんの仲間も相棒も、助かって良かった」
七星「ああ」
星光「本当に良かったぁ……本当に……」
七星「星光ちゃん?
  おいおい、カメラのことくらいで泣くなよ」
星光「だって。
  これで七星さんが元気になれるから嬉しくて。
  これからはまた相棒と一緒に居られるね」
七星「そうだな。
  星光ちゃんともこれからはずっと一緒に居られる」
星光「うん」

私はカメラが無事だったことを知って心の底から嬉しかった。
それだけではない。
私の目の前に北斗さんが居て、
微笑んでくれることが何よりの幸せなのだ。
そうこう話していると、車はある駐車場に入っていく。
北斗さんは車を停めてエンジンを切った。


七星「よし!着いた」
星光「ん?ここ?
  (ここってどこかで見た光景……)」
七星「星光ちゃん、行くよ」
星光「だってここ。
  パーティー会場の“VOWS GARDEN(ヴァウズ ・ガーデン)”じゃないよ」
七星「いや。ここでいいんだよ」
星光「えっ?」
七星「ここで……」

車を降りて歩き出す北斗さんに驚いて、私も慌てて車外に出た。
慣れない8㎝のハイヒールに苦戦しながらも、
足を挫かないように彼の後を追いかける。
小石と雑草の交じるガタガタの小道に立って、
私が来るのを待っている北斗さんは、
法悦の笑みを浮かべて、優しく手を差し伸べたのだった。

(後半に続く)


この物語はフィクションです。
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