ポラリスの贈りもの
19、ありえないバッティング

やっと私の願望が現実になるんだと、
込み上げる想いを実感していた矢先、
幸せ色のひと時を引き裂くように、
北斗さんの携帯がバイブと共に鳴りだした。
彼は上着のポケットから携帯を取り出し、
着信を見ると受話ボタンを押す。
それまで穏やかだった北斗さんの表情は一変、
とても驚き険しい顔に変わっていた。


七星「もしもし……
  はい、そうです……えっ!?……」



“百聞は一見に如かず”とはよく言ったものだ。
私の前だからか冷静を装いながらも、明らかに動揺している北斗さん。
声もいつもの落ち着いた感じではなく、
傍らで聞いていると内容のわからない私にも、
深刻な何かが起きていることだけは伝わってくる。
電話を終えて無言でじっと考え込んでいる北斗さんに、
私は間髪入れず何があったのか聞いてみた。



(JR池袋駅西口、ファストフード店アック前)


星光「あの、北斗さん。何かあったんですか?」
七星「あ、ああ。
  実は、前に話したことあると思うんだが、
  弟の嫁さんの涼子が居なくなったって。
  病棟の婦長さんから連絡があった」
星光「えっ!?病院から居なくなった……
  義妹さんはどこがお悪いんですか?」
七星「彼女は心臓に持病があって、
  最近体調がすぐれないから念のために検査入院させてたんだ。
  僕の仕事が不規則だし、四六時中傍に居てやれないから、
  病院なら安心だと思ってたんだが」
星光「そうだったんですか。
  北斗さん、そんな大変な時に私とデートどころじゃないですよ。
  私のことは気にしなくていいですよ」
七星「星光ちゃん」
星光「ひとりになるってとっても心細いものですものね。
  義妹さんはご病気をかかえてるから、
  余計に不安で心細くて、ひとりで居るのが辛かったのかも。
  もしかしたら自宅に戻ってるのかもしれないし、
  早く病院へ行ってあげてください(微笑)」
七星「(星光の腕を掴んで)いや。
  このまま星光ちゃんを帰したりしないよ」
星光「な、北斗さん?」
七星「当初の予定は変わってしまうけど、
  星光ちゃんも一緒に病院にきてくれないか?
  君さえ良かったら、涼子を探すのを手伝ってほしい。
  やっと君に逢えたのに、周りに邪魔されるのはもう耐えられない。
  星光ちゃん。僕と一緒に居てくれるかな」
星光「北斗さん……
  はい、わかりました。
  私も涼子さんを捜すお手伝いします」
七星「ありがとう。じゃあ、病院に行こう」
星光「はい」


甘えたい気持ちを押し殺し、物わかりのいい女を演じようと、
平気そうに振る舞っている私の手をぎゅっと握り、
私の心を見透かしているのか、
じっと緩んだ目で見つめる北斗さんにドキッとした。
どんどん心拍数は増加して、まるでメトロノームの様に揺さぶり音を刻む。
北斗さんは緊張したままの私の手を握り、
車を停めていたパーキングへと足を向ける。
神殿館の駐車場以来となる助手席に座り、
私たちは一路新宿の総合病院へ向かったのだった。



(東京都豊島区南長崎、スーパーCCマート店内)


店で品出し作業をしている風馬は、
慣れた手つきでパック詰めの鮮魚を小ケースに並べていた。
入社したばかりとは思えないほど、彼はテキパキと仕事を熟していく。
その頼もしい風馬の姿を、パート女性陣は惚れ惚れした顔で見ていたが、
夏鈴さんだけは違っていた。
誰から見ても分かるくらい不機嫌な様子で、商品を棚に並べている。
風馬はそんな夏鈴さんの異様な姿を、動きながらも観察していて、
ちらっと彼女に視線を向けていた。
そうこうしているうちに夏鈴さんは作業を終え、空の段ボールを抱え始める。
話す機会を伺っていた風馬は、段ボールを持っていくために、
従業員通路に向かおうとした彼女を呼び止めた。


風馬「夏鈴さん」
夏鈴「なに?」
風馬「あれから、星光となんかあったんですか?」
夏鈴「えっ。どうしてそんなこと聞くの?」
風馬「今朝、食堂で見ちゃったんで。
  ふたりの気まずそうな雰囲気」
夏鈴「そう。だったらそうなのかもね」
風馬「もしかして、昨夜の俺が原因ですか?」
夏鈴「いいえ。風馬さんは関係ないわ。
  能天気なキラちゃんと、
  無責任男の北斗っていうカメラマンに腹が立つだけ」
風馬「北斗?
  夏鈴さん、あいつと星光のこと知ってるんですね。
  二人はうまくいってるんじゃないんですか」
夏鈴「うまくなんて。
  そう思ってるのはキラちゃんだけよ。
  あの男には一緒に住んでる女が居て、
  同じカメラマン仲間にも訳アリ女がいるっていうのに、
  電話があったら、喜び勇んで会いに行っちゃってさ」
風馬「えっ」
夏鈴「風馬さんさ。
  わざわざ九州からここに来たのは、
  キラちゃんの両親のことだけじゃないでしょ」
風馬「なっ(焦)なんでそんなこと言うんですか」
夏鈴「ただの幼馴染が、1000㎞も離れてるこの街に会いに来る?
  福岡での仕事だってあったはずなのに、
  転職までして同じ会社にこうやって勤めてさ」
風馬「……」
夏鈴「キラちゃんの両親のことだけを伝えるために来たなら、
  わざわざ転職する必要もないわけだしね」
風馬「そ、それは……」
夏鈴「傍で見てると、風馬さんがキラちゃんを見る目、
  ただの幼馴染って感じには思えないのよ。
  もしかして、本当は深い仲だったりして」
風馬「いや、別に俺たちの間には何もないっていうか」
夏鈴「本当は彼女のこと好きなんじゃないの?
  キラちゃんと私はお互い隠し事なしに仲良くしてるんだから、
  私には遠慮せずに本当のこと言っていいのよ」
風馬「いえ……あいつのことは好きっていうか、
  あいつは、星光は、俺にとってむちゃ大切なやつなんです」
夏鈴「そっか。だったら尚更彼女をずっと支えてあげてよ。
  あんないい加減な男にあっさり渡すんじゃなくて」
風馬「でも、俺にはもうどうすることもできないです。
  夏鈴さんの言うことが図星だったとしても」
夏鈴「どうすることもできないってどういうこと?
  とにかく、風馬さんの気持ちがどうであれ、
  あの男と関わらせることだけは阻止したいの」
風馬「夏鈴さんは何故そんなに星光と北斗さんとのことを?」
夏鈴「それは、あの男の実態を知ってしまったから。
  毎晩、フォトブックを抱えて泣いてた彼女を見てずっと辛かったわ。
  私、キラちゃんの親友として北斗七星だけは許せないの」
風馬「毎晩泣いてた?
  (あいつ、うまくいってたんじゃないのか)」
夏鈴「風馬さんがキラちゃんのことを大切なら、
  私に協力してくれないかな。
  北斗さんとキラちゃんを引き離すの」
風馬「夏鈴さん」


夏鈴さんの怒りと憤りのこもった言葉と、
思いもしなかった私の現状を聞かされて、
風馬の中で、一度は諦めた淡い恋心がじわじわと再熱する。
それは、北斗さんに対しての敵対心と、
私ともう一度向かい合いたいという願望の炎でもあった。



(東京都新宿区、TM大学病院)


病院へ到着した北斗さんと私は、本館4階にある循環器病棟に向かう。
静かな院内とは対照的に、一か所だけ慌ただしい病室があった。
看護師さん数名がナースステーションと病室を行ったり来たりしている。
北斗さんも異様な光景を目の当たりにして急に立ち止まった。
そこへストレッチャーに乗せられた涼子さんが病室に入り、
その後を主治医の高橋先生が入っていく。
そんな慌ただしい様子を伺っていた私達の背後から、
北斗さんの名前を呼ぶ女性の声がした。
穏やかで落ち着いたその声とは。



古賀「ああ、北斗さん。
  やっと来られたのね」
七星「古賀婦長、遅くなってしまってすみません。
  あの、妹は大丈夫なんでしょうか」
星光「(ん?……今、古賀って言った?)」
古賀「ええ、安定していますよ。
  今はお薬が効いて眠っていますけど、
  倒れた時に怪我をされたようで、頭部を3針縫っています。
  出血も少なかったですし、大事には至らないと思いますけどね」
七星「そうですか……」
古賀「とにかく発見が早かったからよかったわ。
  念のため、頭部CTを取りましたから、
  診察後に先生から詳しいお話があります」
七星「はい。ありがとうございました。
  本当にご迷惑をおかけしました」
古賀「では、失礼しますね」



病状説明をした婦長さんは私達に一礼すると、
ナースステーションに向かう。
その凛々しい白衣の後姿を、私はじっと見ていたけれど、
無意識に彼女の後を追って歩き出した。
ゆっくりだった足はどんどん早くなり、
婦長がナースステーション内に入ろうとした瞬間、
思わず叫んでしまったのだ。
大粒の涙と共に。


星光「あの!婦長さんのお名前は、
  古賀、古賀美砂子さんですか?」
古賀「えっ?はい、そうですけど。
  貴女はどなたかしら」
星光「やっぱりそうだ……
  私、星光です。
  濱生星光、貴女の娘です」
古賀「……濱生。
  星光……本当に星光なの!?」



予想だにしない母との邂逅で涙する私の様子に、
北斗さんも呆然としている。
その時、病室から大きな荷物を背負った大柄の男性が出てきたのだ。
北斗さんは私達から目線を反らし、
その男性を食い入るように見つめていたが、
それが誰であるかわかったと同時に、
驚きの形相は瞬時に怒りに変わり険しくなる。
そして北斗さんの存在に気がついたその男性も、
じっと凝視していたけれど、北斗さんに向かってゆっくり歩いてくる。
ごっくんと唾を飲み込んでしまうほどの緊迫感が、
北斗さんとその男の間に漂い、重苦しい空気が北斗さんを襲う。
目の前に立ちはだかった大男は、不敵な笑みを浮かべてこう口を開いた。



流星「よぉ!兄貴。久しぶりだな」
七星「流星……」


偶然にも同時に起きた、ありえないダブルバッティング。
敵のように睨み合うふたりと、涙に目を潤ませるふたり。
院内アナウンスが響き渡る廊下で、
複雑で大きなふたつのドラマが始まったのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。
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