ポラリスの贈りもの
20、二頭の猛獣

予想だにしない母との邂逅で涙する私の様子に、
呆然としている北斗さんだったけれど、
病室から大きな荷物を背負った大柄の男性が出てきたのを見て豹変する。
彼は私達から目線を反らし、その男性を食い入るように見つめていたが、
誰であるかわかったと同時に、驚きの形相は瞬時に怒りに変わる。
そして北斗さんの存在に気がついたその男性も、
じっと凝視していたけれど、北斗さんに向かってゆっくり歩いてきた。
ごっくんと唾を飲み込んでしまうほどの緊迫感が、
北斗さんとその男の間に漂い、重苦しい空気が北斗さんを襲う。
目の前に立ちはだかった大男は、不敵な笑みを浮かべてこう口を開いた。


(大学病院本館4F、循環器病棟)


流星「よぉ!兄貴。久しぶりだな」
七星「流星……
  お前が何故ここに居る」
流星「居ちゃ悪いか?俺の妻が入院してる病院だ。
  それとも。俺が居ちゃまずいわけでもあるのか、兄貴には」
七星「5年も涼子さんに音信不通で、
  ほったらかしてた奴が偉そうに僕に言えるのか。
  自分勝手に家を出ていった人間が、いきなり夫婦面か」
流星「ふん。俺の人生で涼子は俺の妻だ。
  夫婦面するのは当然だろ」
七星「俺の人生なら誰を傷つけてもいいのか。
  彼女が入院してるってどうして知った」
流星「さぁー。どうしてかな。
  野生の勘ってやつかな。
  それとも愛の力かな(笑)」
七星「ふざけんな!(流星の胸座を掴む)
  こっちは真面目に聞いてんだぞ!」


偶然の再会に話していた私と母だったけれど、
北斗さんの大きな声にびっくりして話しを止めて、
睨み合うふたりの男性に目をやった。
じっと目線を反らさず、相手の出方を見るように黙ったままのふたり。
どちらかが動き出せば、首根っこに噛みつきそうな勢いだ。
そこへ、グッドタイミングというべきだろうか、
病室から出てきた看護師さんが、北斗さん達に声をかけた。


看護師A「あの、北斗さん。それからご主人。
   お話し中すみませんが、先生がお呼びなので、
   病室にお越しください」
七星 「はい。すぐ行きます」
流星 「ほらな。看護師もご主人だってさ(笑)」
七星 「……」


まるで挑発するような、敵対心むき出しの流星さんは、
洋服を掴む北斗さんの手を振り払い、先に病室に向かった。
怒りをぐっと飲み込む北斗さんの表情は、どことなく寂しそうにも見えて、
何か声をかけてあげたいけれど、気の利いた言葉が浮かばない。
そんな私の心情を察した母が穏やかに話す。


古賀「星光。北斗さんのところに行っておあげなさい」
星光「お母さん」
古賀「私、明日は夜勤明けで、明後日はお休みなの。
  (ポケットからメモを取り出し記入する)
  はい、これ。私の携帯番号。
  時間を作るから明日の夜、電話ちょうだい。
  貴女とは積もる話があるわ」
星光「はい。必ず連絡します。
  私もたくさん話したいことがあるの」
古賀「うん。待ってる」


母は、私に住所と携帯番号の書いたメモを手渡して、
優しく微笑むと北斗さんに会釈をして、
ナースステーションに戻っていく。
母の姿を見送った私は北斗さんに駆け寄った。
顔色を窺う私に、彼は弱々しく微笑んで無言のまま手を取ると、
緊迫する病室へ連れて行ったのだ。



最初に目に入った光景は当然ながら病床の涼子さんであり、
薬が効いているのか安らかに眠っていた。
北斗さんから聞いていたイメージ通り、
色白肌が美しくもあり、病弱そうな印象を与える。
彼女の主治医である高橋先生は、ベッドの横に立つ二人を確認すると、
おもむろに口を開き病状を説明し始めた。
医師と二人が交わす会話から、隣の大男が北斗さんの弟で、
涼子さんの旦那さんだということが理解できた。


傍観者の私も多少なりとも緊張してしまって、自然と肩に力が入る。
当事者の北斗さんはもちろんのこと、
さっきまでおちゃらけていた流星さんの表情も真剣に見えて、
前に聞いていた涼子さんをないがしろにしたという話に疑問符が付く。
私は少し離れた位置から様子を見守っていたが、
母親との運命的な出会いに、
ずっと気になっていた女性、涼子さんの存在。
そしてその旦那さんである流星さんの出現と、
これら複数の出会いが頭の中を支配して、上手く情報を整理しきれない。
しかしながらこの出会いが良くも悪くも、
今後の私の人生を大きく左右するであろうことは想像できたのだ。



病状説明を終えて、先生と看護師が病室を出ると、
流星さんは背負っていたリュックを下ろし、
眠っている涼子さんの傍にゆっくりと近寄って彼女の髪を撫でる。
そして、涼子さんの名前を囁いておでこにキスをした。
その光景を病室の入口で見ていた北斗さんは、
何も言わずにドアを開け、病室から出ていってしまった。
完全場違いな私も、流星さんの異様な行動に驚き、
どう見ても怒り心頭の北斗さんの姿に動揺しながらも、
流星さんに慌てて会釈をして、彼の後を追うように病室を後にした。
階段を駆け下りた北斗さんは、
1階の総合受付に隣接する待合室のベンチに腰かけ、
頭を抱えて大きな溜息をつく。
その姿を見た私は夏鈴さんのある言葉を思い出した。


夏鈴『いいえ、 何度でも言うわよ。
  呆れかえる程バカ正直な貴女に、
  誰がこんな適切なアドバイスするのよ。
  利用されてるってこと、いい加減に自覚しなさいよね!』


星光「(もしかして、北斗さん。
  涼子さんのこと好きなの?)」


階段を駆け下りる私の足の速度は、
その疑問と共にどんどん落ちていって、
下りきった途端に戸惑うように止まってしまう。
このまま、北斗さんの傍に近寄っていいのかなって。


その場に突っ立ったまま、項垂れる彼の姿を見つめていたけれど、
いつの間にか後ろから下りてきた流星さんが、
追い抜き様に私の肩をポンポンと叩いてにこっと微笑み、
声を発することなくベンチに座っている北斗さんの許へ向かった。
私の不意を突いたその笑顔にドキッとさせられる。
やはり兄弟だけあって、北斗さんとあまりにも似ていたから。
しかしそう思わせたのも束の間、
またも荒々しい兄弟喧嘩が目の前で勃発した。
男同士の言い合う声に、待合室は一気にざわつきだし、
そのうちギャラリーに交じって、病院スタッフもあたふたし始める。
そんな外野のことなんかお構いなしで噛みつきあう二人は、
まるで、猛獣の争いを目の当たりにしているようだ。
私は冷静さを失っている北斗さんが心配で、恐る恐る近寄っていった。



流星 「兄貴ー。俺、今日はこれで帰るわ。
   18時間の時差ボケで身体だるいし、腹ごしらえもしたいしな。
   少し仮眠取ったら会社に顔だして、
   神道社長にも挨拶しとかないといけないしな」
七星 「お前まさか。
   スター・メソッドで仕事するつもりか!」
流星 「ああ。そのつもりだけど。
   なんか問題でもあるのか?
   アラスカの仕事は終わらせてきたもんでね。
   自宅に戻って荷物も整理して次の仕事の準備を」
七星 「自宅って。もう住まいまで決めてるのか」
流星 「当たり前だろ。北新宿の俺と涼子のマンション」
七星 「あそこは人に貸してたろ」
流星 「あぁー。先月末で出てってもらった。   
   明日の朝、涼子が起きた頃に来るわ。
   とにかく涼子が危篤だって聞いて、
   何をさて置きここへ飛んできたんだぜ。
   なのに涼子のやつ、ピンピンしてるし、
   俺の顔見た途端、急に泣きながら病室を飛び出してって。
   走って逃げるもんでさ、病院に連れ戻すのが大変だったぜ」
七星 「はぁ!?……涼子さんが倒れたのはお前のせいか!」
流星 「俺は『これからまた涼子と一緒に暮らせるんだ。
   ずっと傍に居るからな』って言っただけなんだぜ。
   なのにあいつ、俺の手を振り切って嫌だって暴れるから」
七星 「当たり前だろ!
   お前、あの子がどれだけ寂しい思いで過ごしてたか、
   解って言ってるのか!
   自分を捨てて、5年もアラスカに行った男が、
   何の前触れもなく現れて、
   何もなかったようにずっと傍に居るだと?
   そう簡単に『はい、そうですか』って言えると思うか」
流星 「ははん(苦笑)そうか。
   やっぱりな。涼子と兄貴はそうなのか!」
七星 「何のこと言ってる!」
流星 「兄貴と涼子は俺が居ない間にできてんだな!
   いや、5年前あのXmasからできてたんだもんな」
七星 「お前、何も変わってないな。
   まだそんなこと言ってるのか」
流星 「どっちがだ。
   本当のこと言われて誤魔化すところ、兄貴も変わってないぜ!」
七星 「おい!誰に涼子さんが入院したことを聞いた。
   陽立か。それとも」
カレン「私よ」
七星 「えっ!?(驚)カレン……お前」
カレン「そうよ。私が流星を連れ戻したの!」


争う二頭の猛獣を止めたのは、私でも病院スタッフでもなく、
突然登場したカレンさんだった。
彼女は黒のノースリーブドレス姿で、
スレンダーなボディで通路に立ちはだかった。
その出で立ちはふたりに負けず劣らずの猛獣ぶりで、
黒豹を彷彿させる。
流石の北斗さんにも予想できないことだったようで、
ただ茫然と睨みつける彼女をみていた。
涼子さんとカレンさん、北斗さんと流星さんとの計り知れない関係。
私の中で、北斗さんへの疑問が、
どんどん深くなっていく瞬間でもあったのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。  
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