ポラリスの贈りもの
22、蠱惑のシンデレラ

浮城「それは、パーティーの日に、
  会社のプロジェクション・ルームのカウチで、
  カズと涼子さんが抱き合ってるのを見てしまったからだ。
  だからあいつは涼子さんをカズに託して、
  一人でアラスカに行ったんだよ」
星光「えっ……」
浮城「24日の夜から仕事の打ち上げも兼ねて、
  うちの会社で大きなXmasパーティーがあったんだよ。
  流星は珍しく奥さんの涼子さんを連れて来てて、
  カズはカレンをエスコートしてたんだけど、
  パーティーも中盤差し掛かったころだったな……」


彼のひとことで私の口から質問の言葉が止まってしまった。
次々繰り出されるXmasの真実を知った私は、
茫然自失する他はない。
大きな波しぶきが跳ね上がる崖の岩場で、
空を仰ぎ絶望に浸ってた私を、
すごい力で引っ張り、
捨て身で救ってくれたあの日の北斗さんの肖像は、
暴かれたXmasの出来事と共に、
ガラガラと音を崩れ出したのだ。



(新宿、大学病院本館1Fフロア)


静かになった病院の待合室で、北斗さん達はまだ話していた。
帰国した理由を聞くまで動かないと言う頑なな北斗さんと、
過去の出来事に縛られ闘争心むき出しの流星さん。
そのやり取りに呆れて、
溜息をつくカレンさんは長椅子に座っていた。 
向かい合い争う獅子を見つめていると、
彼女の脳裏に5年前のパーティーの光景が目に浮かぶ。
悲哀と憎しみが同居したような言い知れぬ悲痛な面持ちで……

 
カレン「あんな女、居なくなっちゃえばいいのに」


〈カレン、回想シーン〉

涼子 「カレンさん(グラスワインを手渡す)どうぞ」
カレン「ありがとう。
   ショルダーバッグ重そうね。流星の?」
涼子 「はい。持っててくれって言われたので」
カレン「もう!流星ったら最低ね。
   奥さんに仕事の相棒持たせてどうするのよ。ねー!
   パーティー終わるまで、私が預かっとこうか?」
涼子 「い、いえ。大丈夫です。
   カレンさんにお願いしたなんて知れたら叱られます」
カレン「そう」
涼子 「それにしても、本当に豪勢で素敵なパーティーですね」
カレン「ええ。今回サイコーの作品が出来上がって、
   大手との取引が成立したからね。
   これも、カズと流星が、
   過酷な撮影スケジュールに耐えたからよ。
   これで彼ら兄弟も一躍有名人ね」
涼子 「そうなんですね……
   私はこの世界のことがよくわからないもので、
   家でもほとんど仕事のことは話さないから」
カレン「そうよね。
   流星は仕事とプライベートを絡めないから。
   日頃は貴女のことなんて話さない流星が、
   貴女をパーティーに連れて来るなんて私もびっくりだわ。
   よほど、今回の仕事の成功が嬉しかったのね。
   あいつ、涼子さんに寂しいを思いさせてるかもだけど、
   今回の流星の功績、褒めてやってね(笑)」
涼子 「え、ええ(苦笑)」
カレン「あれ見てよ。
   カズったら珍しくはしゃいじゃって!
   野郎同士で抱き合っちゃってやーねー(笑)」
涼子 「あの、聞いてもいいですか?」
カレン「ん?聞きたいことって何?」
涼子 「カレンさんって、
   カズお義兄さんのこと、好きなんですか?」
カレン「えっ。唐突に何。
   何故そんなこと聞くの?」
涼子 「今日ずっと見ててそう感じるから」
カレン「ん?そうねー。大好きよ。
   初めてカズに会った時に一目惚れしたの。
   彼がカメラを構えてファインダーを覗き込み、
   鋭い目で被写体を捉えてる姿が輝いてた」
涼子 「好きなんですか。やっぱり……
   告白はしたんですか?」
カレン「それがまだなの。
   私の片思いって言うかね。
   カズは仕事のことしか頭にない人だから、
   女の話なんてこれっぽっちも出さないしね。
   でも、この間の深夜撮影の時に二人きりになって、
   いい雰囲気なってね、私からキスしちゃった」
涼子 「えっ!キス……」
カレン「ええ。だから今夜告白しようと思ってるの」
涼子 「そう、ですか……
   今夜はクリスマスで、奇跡には事欠かないですもの。
   告白頑張ってくださいね」
カレン「あ、ありがとう。
   (何で、そんなに悲しそうな顔してるの?)
   告白が成功するまで、キスのことは流星には内緒よ。
   (まさかこの子、カズのこと……)」


ほどよくして、カレンさんの傍に北斗さんがやってきた。
よろめき甘えて縋りつくカレンさんの顔を覗き込んで、
北斗さんは優しくエスコートする。


七星 「おい、カレン。顔真っ赤だぞ。
   酒弱いくせにワインがぶがぶ飲んで。
   飲みすぎだろ」
カレン「今日は無礼講でしょ?(笑) 
   もし潰れたら、カズが看病してくれるわよね!」
七星 「さあ。どうするかな」
カレン「カズも、あちこちから仕事の依頼が舞い込んでくるし、
   これからは有名人で引っ張りだこよ」
七星 「おいおい。それは大げさだな(笑)
   これまで通り何の仕事でも、
   依頼されたものをこなすだけだよ」
カレン「そっか。だから貴方って好き」
七星 「えっ」
カレン「どんな時でも偉そうぶらない」
七星 「みんなそうじゃないかな。
   うちのスタッフは」
カレン「ううん。貴方はみんなとは違う」
七星 「めったに褒めないカレンにそう言われると、
   やっぱり調子狂うな」
カレン「私、カズのことずっと前から好きなの。
   この間のキス、軽い気持ちじゃないのよ」
七星 「カレン……僕は」
カレン「私、本気よ。カズ」
七星 「ん!?……カレン、ちょっとすまない。
   話しの続きは後で」
カレン「カズ!」


パーティーフロアーに0時を告げる鐘の音が鳴り始め、
会場全体の雰囲気がさらにXmasムードに浸る。
北斗さんは、真剣な顔で見つめるカレンさんを、
照れくさそうに見ていたけれど、ある光景が目に入った途端、
そそくさとその場を立ち去ってしまったのだ。



(スター・メソッド、プロジェクション・ルーム)


パーティーフロアに隣接する部屋に、
一人で入っていく涼子さんの姿を見かけた北斗さんは、
彼女の様子が気がかりで、後を追って部屋の入り口で声をかけた。
北斗さんの優しい呼びかけにゆっくり振り向き、
か細く涙声で答える涼子さん。


七星「涼子ちゃん?
  こんな暗い部屋でひとり何してるの」
涼子「ご、ごめんなさい、お義兄さん」
七星「ん。どうした。何があった?」
涼子「どうしたらいいの?私。
  あの人のいちばん大切にしているカメラを落としちゃった。
  持ってろって言われてたから持ってたんだけど、
  これ壊れちゃったら仕事に支障でちゃうよね……
  どうしよう。流星に叱られるわ(泣)」
七星「ライカか。いいよ、僕がみるから」


北斗さんはオロオロする涼子さんに優しく微笑むと、
床のショルダーバッグを拾って肩にかけ、
彼女が持っていた流星さんのカメラを手に取る。


下を向いていた涼子さんは、
照れくさそうにちらっと北斗さんを見た。
間近に見る北斗さんに動揺したのか後ずさりしたが、
右足のヒールがラグに引っかかりよろめいてしまったのだ。
北斗さんは反射的に倒れそうな彼女を左手でグッと支えると、
右手にカメラを持ったままバランスを崩す。
そして彼女を抱きしめ、
庇ったままの姿勢でカウチソファーに倒れこんだ。
その反動で肩を強打する北斗さん。


七星「うっ……涼子ちゃん!
  大丈夫か。どこも怪我はない!?」
涼子「は、はい。すみません」
七星「こちらこそすまん。
  左手だけでは支えきれなかった」


上にいる彼女を退かそうとした北斗さんの腕を、
しっかと握りしめ、彼の動きを止めた涼子さん。
上に乗ったまま、寝そべった北斗さんを見つめている。


涼子「このままで居て」
七星「えっ(驚)でも」
涼子「お願い、お義兄さん。
  少しの間、このままで」
七星「涼子ちゃん。こういうの、良くないよ。
  もし、流星がみたら」
涼子「いいの。見られても。
  あの人は私を愛してないんだもの。
  家に帰ってきても、カメラと写真ばかり見て、
  私を見ようとしない。
  いつも仕事の話ばかりで……でも、お義兄さんは違う。
  仕事があっても私にいつも優しくしてくれる」
七星「それは、涼子ちゃんが流星の嫁さんで、僕の義妹だから」
涼子「カレンさんが、好きなの?」
七星「カレン?」
涼子「彼女と付き合うの?告白されたでしょ」
七星「えっ」
涼子「お義兄さんは私より、カレンさんに優しくするの?
  そんなの、嫌よ!」
七星「涼子ちゃん」
涼子「お義兄さん、私ずっと……」

涼子さんの震えながら訴える言葉は止まり、
彼女の顔がゆっくりと北斗さんの顔に近づいていく。
薄暗い部屋にあるXmasツリーのイルミネーションが、
赤に緑にとキラキラ輝き、
入口から差し込むシャンデリアの細い光が、
涼子さんの脱げたハイヒールを意味ありげに照らしていた。




運転をしながら浮城さんは、
記憶をたどって事の真相を話し始めた。
彼はその場に居なかった私にも解りやすく、
言葉を選びながら話してくれている。
話が進んでいくにつれ、私までビジョンを見ているような錯覚。
さっき大学病院のベッドで、
力なく横たわっていた涼子さんのか弱い寝顔が、
蠱惑的な美貌湛える印象に変わってしまうくらいだ。
それと同時に私の耳から、
浮城さんの声が次第に遠くなっていった。
憐憫とも愛情ともつかない北斗さんの行動。
これ以上変えることのできない真実を聞いて、
傷つきたくないという保護本能の表れか。
はたまた、日頃は腹の憶測に眠っている嫉妬心が、
むくむくと目覚めた証拠なのだろう。


横を見ると彼の口だけが動き、
車のエンジン音も、
スピーカーから流れる軽快なジャズミュージックも、
全ての音が私の中から、
消えてしまったような感覚に襲われていた。
浮城さんの車がお店の前に着いた時には、
奈落へ突き落されたような寂しさと焦りが、
私の全身を包み込んでいたのだった。


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