ポラリスの贈りもの
32、二組の精鋭

根岸さんの存在に違和感を覚え、シャッター音とともに、
5年半前の撮影での出来事が蘇った北斗さん。
カレンさんとの心の綾も抱く中、
神道社長と東さんの会話を聞けば聞くほど、
あの男への疑念がさらに深まる。


(北新宿、スターメソッド。7階社長室)


東 「どうする、生。
  この話、受けるつもりか?」
神道「光世。あと2社ってどこが請け負ったんだ」
東 「Jウォント企画とブルーシー撮影社」
七星「どっちも水中撮影の専門じゃないか」
東 「Jウォントは細波巧人(さざなみたくと)。
  ブルーシーは恋月焦(こいづきこがれ)。
  どちらもダイビング歴25年の水中写真家だ。
  だが、今回の撮影で二人とも負傷してる」
七星「えっ。二人とも!?」
神道「昴然社にKTS、ともに水中撮影のプロはいないしな」
東 「ああ。この2社が撮影続行不可能と判断したんだ。
  ハイリスク覚悟の仕事ってことだぞ。
  それでも請け負うのか?」
神道「そうだな」
七星「……」
神道「だからって、遣らずして答えを出すっていうのは、
  この業界に生きてきた俺の辞書にはない。
  大いに結構。
  ハイリスクハイリターンさ。
  光世、お前だってそうだろ。
  今までいろんな修羅場を掻い潜って今の俺たちがある。
  だから今回の荒波だって絶対遣れる。だろ?」
東 「それはそうだが、
  今回実際に潜るのは僕たちじゃない。
  七星と流星だからな。
  七星、お前の率直な意見を聞かせてくれ。
  今回の撮影、遣れそうか?」
七星「そうですね。僕は……
  (この撮影現場に星光ちゃんを入れるのは危険すぎないだろうか)」


二人のやり取りから事の深刻さを知った北斗さんは選択を迫られる。
それは、写真業界ではド素人の私の存在もあるからで、
まるで心の底に大きな錨がぶらさがっている気持ちに襲われ、
全身にのし掛かるような重圧を感じた。
そこへ……


ガチャッ!(ドアを開ける音)


流星「神道社長、光世さん。俺、遣りますよ」
東 「流星!お前、盗み聞きしてたのか」
流星「すみません。失礼は重々承知ですが、
  兄貴が血相変えてスタジオから出ていったもんで、
  どうしても気になって後を追っかけてきました。
  それでつい」
神道「まったく!お前ら兄弟は(笑)」
流星「俺、おせんころがしでも海外でも何だって潜れます。
  兄貴。俺と二人なら遣れるよな」
七星「流星」
流星「俺たちの撮影のテキストには『諦める』って言葉はないだろ?
  5年半前のあの撮影もそうだった。
  ですよね、光世さん」
東 「そうだったな(笑)
  『Peu de nous ont la force de changer l'Histoire.
  プ ドゥ ヌ ウン ラ フォルス ドゥ スュオンジェ リストワル.
  Mais chacun peut changer les choses autour de lui.
  メ チァキャン プ スュオンジェ レ スュオゼ オトウル ドゥ ルイ.』
  (私たちのいくつかは、歴史を変える力を持っている。
  しかし、誰でもがそれぞれの身の回りから変えることができる)さ。
  歴史を変えられる人間は一握りかもしれん。
  しかし僕たちが力を合わせれば、因縁めいた依頼も、
  どんな苦境だって良い方向に変えることができる。
  あの時もそうやって撮影をこなして、賞を勝ち取ったんだからな」
流星「はい。兄貴、やろうぜ」


やる気満々の流星さんと前向きな東さんの台詞を、
北斗さんも噛み締め真摯に捉える。
流星さんに言われるまでもなく、北斗さんは仕事に対してストイックであり、
今回の件に対しても同様に感じていた。
しかし、5年半前の再来の予感もあって手放しで喜べる状態ではない。
特に気掛かりなのは私のこと。
そんな葛藤に苛まれながらも北斗さんはプロとしての選択を下す。


七星「神道社長。遣ります。
  でも、今のチームの人員だけでは無理です。
  スタッフを増員して貰えるなら遣れます」
神道「そうか。
  よし!じゃあ、遣ってくれ。
  光世。明日、俺が昴然社に乗り込んで半年契約で交渉する」
東 「半年!?それでなくても過酷になるかもしれないのに、
  僕らにとってもっと負担にならないか?
  それに、そんな無謀な要求をあの男がすんなり賛同すると思えない」
神道「いや、大丈夫。
  こっちの提案条件をすべて呑むことと半年で同額の報酬で勧める。
  その条件でなければこの話、受ける気はない。
  KTSの栗金社長との契約で、来年4月から1年間、 
  フランスマルセイユでの仕事も入ってるからな。
  こんな料簡の狭い仕事に貴重な時間を使えるか。
  伯の首根っこひっ捕まえて、土下座させてでもOKさせる。
  今から企画書を作り直してくれ。
  それと、交渉が纏まった時のことを考えて、
  潜れるスタッフと機材準備、
  半年契約で借りられそうな勝浦の物件を探しておいてくれ」
東 「あ、ああ。分かった。
  しかしな……どうも気になることが多すぎる。
  もっと詳しい調査を入れないとな」
神道「ああ。
  無論、昴然社は俺たちを潰すために持ってきた条件だと思うが、
  怪我人も出てあっちも今回のトラブルで、
  かなりの損失をはじき出してるはずだ。
  あの強欲たぬきもこっちがOKすれば、
  これ幸いで飛びついて乗ってくるさ。
  七星、流星」
七星・流星「はい」
神道「お前たちには申し訳ないが、
  1/3の時間で1年半分の仕事をさせる形になる。
  その代り、お前たちが完璧な仕事ができるように全力でバックアップする。
  どんな条件も呑んでやる。
  それでもやってくれるか」
七星・流星「はい」
東 「んー。そうだな。
  半年ということで決まるならスケジュール調整できる。
  僕もメンバーに加わるけど、いいか?生」
神道「ああ。いいぞ。
  そのほうがこいつらも安心だろ」
東 「OK。じゃあ、二人とも。
  ハウジングや水中撮影用の機材はすぐに準備できそうか?」
流星「はい。PROとD800ハウジングがありますから」
七星「確か前回の撮影は、90mmマクロに2倍テレコンバータを入れて、
  D70で撮影したんだったな。
  思い出すと懐かしいな」
流星「そうそう。
  どっちが先に最短距離で小魚のアップを撮影できるかってさ。
  今回は対角魚眼レンズを遣ってデフォルメするか。
  90-105mmの中望遠マクロで獲物を狙うのもいい」
東 「それも大いに結構だ。
  お前たちの腕、思う存分振るってくれ。
  できたらビデオ撮影も同時進行でやっていこうと思ってるからな。
  諸々準備頼む。
  足りないものはこちらですぐ用意するから言ってくれ」
七星・流星「はい」
神道「よし!敵陣目指していざ出陣だな。
  明日、結果が解り次第会議に入るから、
  すぐスタッフを招集できるようにしててくれ。
  それから七星」
七星「はい」
神道「今現在お前たちがやってる編集作業を、
  谷田と角に連絡して頼め。
  今日から全面的にこの件だけで動くように」
七星「はい、分かりました」
神道「それと、月曜に予定していた濱生星光さんの面談のことだが、
  今回の契約が決まったら、彼女も会議に参加させてその場で面談する。
  お前と流星で、最低限度の必要な知識を教えておくように」
七星「は、はい」


臨戦態勢の神道社長たちは、早速動き出した。
しかし、社長室を出た北斗さんの足取りは重い。
彼の後ろを歩く流星さんもその様子に気づいていて、
北斗さんの心中を察していた。
スタジオに向かう廊下に二人の声が響く。


流星「プレッシャーかかるな。
  まったく経験のない星光さんに短期間で知識を叩き込むなんて」
七星「ああ。
  カメラのことを少しでも知っててくれたらいいが。
  スキューバダイビングができなくても、
  せめて浅瀬で素潜りができる程度でもいい」
流星「彼女を潜らせなければいいじゃないか。
  陸で撮影補助の範囲で知識を教えれば。
  半年俺たちと一緒に身体を動かしてれば、自然と覚えていくさ」
七星「俺たちだけならそれが可能だけど、
  前のようにあいつが加わるとどうだか。
  こんなことになるなら、誘うべきではなかったかもしれない」
流星「それは結果論だ。
  俺たちにも予測不可能なことだった。
  まさかまた、あの根岸洋紅と仕事するなんてな。
  なんだかこうやって話してるとデジャブを感じるよ。
  黄金の再来かってね」
七星「ああ。僕もそれは感じてる」
流星「兄貴」
七星「ん?」
流星「涼子のこと、ありがとうな」
七星「ん。何のこと言ってる」
流星「5年間、涼子を守ってくれただろ?」
七星「そんなこと、家族なら当たり前のことだろ」
流星「涼子さ、かなり病状回復してて今週末退院なんだ。
  高橋先生がびっくりしてた」
七星「そうか。良かったな」
流星「ぜんぶ兄貴のお蔭」  
七星「そんなことはない。
  お前が傍に居ることがいちばんの特効薬だからだ。
  僕こそ、ありがとうな」
流星「それこそ、何のこと言ってるんだ?(笑)」
七星「お前、星光ちゃんに連絡先教えただろ。
  何かあったら力になるって言ってくれたんだって?」
流星「ああ、そのこと。
  大したことじゃないさ」
七星「今回の撮影で僕に何かあったら、彼女を頼むな」
流星「は?何情けない事を言ってるんだ。
  今の言葉は5年半前に俺が兄貴に言ったセリフだ」
七星「アイツらから星光ちゃんのことは守れる。
  でも、自分を守る自信はない。
  流星、とにかく頼んだぞ」
流星「そん時は俺が兄貴を守るさ。
  それで貸し借りなしってことで。
  それに、俺たちには撮影の神が居る。
  何も起させないさ、今度はな(笑)」
七星「ふっ(笑)そうだな……」


挑戦的な依頼に対して真っ向勝負に打って出たスターメソッドの精鋭。
逆境に立たせられる程、
実力を発揮する兄弟を高く買っているからこそできる選択だと言える。
そして、この荒波のごとく強烈な問題に対し、
私や夏鈴さんまでも否応なく巻き込まれるのだった。



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