ポラリスの贈りもの
4、胸躍る再会

スーパームーンのその夜、シャワーを浴びた私は夕食も食べず、
もちろん両親や妹たちとも顔を合わさないまま、
自室のベッドの上でうつぶせになり思い切り泣いた。
目を瞑ると、颯と加保留の抱き合う姿が浮かんできて、
私に再び絶望を運んでくる。
電気もつけず月明かりの中で、北斗さんのフォトブックの4ページを開く。


(『君を訪ねて……』P4)


『何を考えているの? そんな辛く悲しい顔をして
本当なら隣に居るはずの誰かの面影を浮かべてる?
それとも大切な誰かの 
仮面の下の恐ろしい顔に気がついてしまったのかい?
もしも  君の心にある厭世材料が
君の全身を支配し がんじがらめにして
絶望の淵に追いやる死神が デス・エデュケーションしてるなら
目線を君の頭上に向けてごらんよ
ほらっ 僕の手招きする姿が見えるはず
勇気を出して思い切り両手を伸ばし  僕の手をしっかり掴んでごらん
君がひとりぼっちでないと  きっと分かるはずだから』



星光「ふっ。やだなぁ、この写真集。
  開くたびに心見透かすような言葉が書いてある。
  悪趣味だよ、北斗七星さん。
  貴方はここに居ないのに、何故私の今がわかっちゃうんだろ。
  まるで『僕の手を掴め』って言ってるみたいじゃない。
  北斗七星(ほくとしちせい)って、
  “北極星を見つける道しるべ”指極星なんだよね?
  だったら私の幸せの場所も指示してよ。
  掴みたいよ……
  北斗さん。臆病な私の手を引っ張って、
  どこでもいいからこのまま連れ去って……」




私はフォトブックを抱え号泣し、
北斗さんの残像を思い浮かべながら、
そのまま眠りに落ちた。


翌日、私は女将や従業員から呼び出される前に起き、
化粧と着替えを済ませ、家族宛ての置手紙をテーブルに置く。
夕方の内に荷造りしたキャリーバックをクローゼットから出し、
パソコンデスクの引き出しにしまっていた定期預金通帳二冊と印鑑を取り、
ショルダーバッグの中へ入れた。
もちろん、あのフォトブックもしっかり入れて。
すると突然、静寂を劈くようにデスクの上の携帯が鳴ったのだ。
私はあわてて携帯を取り、受話ボタンを押す。
着信は風馬からだ。
彼は私の何かを感じ取ったのだろうか。



星光「もしもし」
風馬『おはよう、星光』
星光「どうしたの?今魚市場じゃないの?」
風馬『そんなことはどうでもよかたい!
  それより、お前。いいか、どこにも行くなよ!』
星光「えっ……いきなり何を言ってるの?
  (なんで分かるの)」
風馬『昨日の帰り際が気になったから』
星光「帰り際?」
風馬『「風馬、身体にだけは気をつけてよ」なんて言うからさ。
  「もう会えないからさよなら」って言ってるようにしか聞こえんぞ』
星光「……」
風馬『お前の考えてることなんてすぐわかる。昔から嘘が下手なんだよ。
   勝手にどっかに行ったら、とことん探して追いかけて打っ叩くぞ!』
星光「風馬、怖いよ(笑)」
風馬『当たり前だろうが。
  もしどこかに行く気なら俺も一緒に行く!
  星光の為ならどこでも付き合ってやる!
  だから一人でどっかに行ったり、身投げとか変な真似だけはするな』
星光「もう(笑)飛躍しすぎ」
風馬『俺、マジで言ってるからな。へらへら笑ってるけど分かってるか!?』
星光「そんなこと言ったって、風馬には魚河岸の仕事あるでしょ?
  おじちゃんとおばちゃんが泣くよ?風馬が居なくなったら」
風馬『そんなもんは後からでもどうにでもなる!
  今は星光のことがいちばんなんだ、俺は。
  東京でも名古屋でも、なんなら海外でもどこでも一緒に行ってやるから、
  俺に黙って居なくなることだけはするなよ。いいな!』
星光「風馬……分かった。
  その時は風馬にだけはちゃんと連絡するから安心して」
風馬『おお。ならよかたい。じゃあ、昼また電話する』
星光「うん。あっ!風馬」
風馬『ん?何?』
星光「ありがとう。嬉しかった、電話」
風馬『お、おお(照)じゃあな!』
星光「うん。じゃあね……
  風馬のお蔭で少しだけ、冷静に動けそうだわ」


涙を喉の奥にしまい込み、
いつも兄貴風を吹かせる風馬に元気を貰って電話を切る。
崩れそうな心に少しだけ安堵感が広がった。
この離れには私と妹の真弓と真純の部屋がある。
私は荷物を持ち、部屋のカギをかけると、
物音を立てないように玄関に向かった。
そして、誰にも見られないように隣接している駐車場に足早に向かい、
自家用車に乗り、取引先であるスマイル銀行に車を走らせた。


銀行についた私は、二つの定期預金の解約をした。
ひとつの封筒には、北斗さんに渡すカメラの弁償代200万。
もうひとつの封筒には、逃走費用の150万。
残りの残金を財布に入れる。
いきなり大金を持ったせいか肩に力が入るけど、
それだけでなく、これから北斗さんを訪ねていく緊張感もあるようだ。
銀行を出た私は一路、北斗さんの宿泊するセーフヘブンホテルへ向かう。


ホテルの駐車場に車を停めて、フロントで北斗さんの滞在を確認する。
しかし彼は、今朝チェックアウトしており会うことができなかった。
私は慌てて車に乗り込むと、
西区にある彼の勤め先、スター・メソッド福岡支社に向かった。



車を地下駐車場に停め、坂を上り玄関に向かって歩く。
機材を抱えるスター・メソッドの社員らしき人たちに挨拶を交わしながら、
無意識に北斗さんの姿も探すが、当然彼の姿はない。
ちょっと心細い気持ちになりながらも、一縷の望みをかけていた。
玄関の自動ドアが開いた時、
私の背後から聞き覚えのある声が聞こえたのだ。



北斗「あれ!?
  君!もしかして濱生星光さん!?」


私は自分の名前を呼ぶ声を聞いた途端、
まるで恋人に名前を呼ばれたような嬉しさと、
救世主に巡り合えたような安心感を感じ、すぐさま後ろを振り返った。
向けた目線の先には、
三脚を抱え大きなレンズのついたカメラを肩からかけている、
昨日と同じように優しい笑みを浮かべる彼が立っていた。




星光「北斗さん!」
北斗「いやぁ、驚いたな。まさか訪ねてきてくれたなんて(笑)」
星光「突然会社に伺ってすみません。
  それに昨日は大変失礼しました!
  助けていただいたのに」
北斗「あぁ(笑)そのことならいいんだよ、そんなことは気にしなくて。
  僕こそ一緒に来る?って誘っておきながら、
  君に黙って立ち去ってしまってすまなかったね」
星光「いえ、すまないなんて」
北斗「もしかして、それで来てくれたの?」
星光「あっ、いえ。あの!カメラの弁償をしようと思って
  (もう!私のバカ!なんで素直に言えないのよ!)」
北斗「あー。それは昨日もいいって言ったよね?
  レンズもカメラもまだまだあるから気にしなくていいよ」
星光「そういうわけにはいきません。だって高額な品なんですもの。
  それもお仕事道具だし、私の気持ちが収まりません」
北斗「そう」



北斗さんはじっと私を見つめ、暫く無言でいる。
それに引き替え私は、北斗さんをまともに直視できず、
会社の前を通り過ぎる車に目をやって、自分の本心を隠そうとしていた。
すると……


北斗「そこまで言うなら、お言葉に甘えて弁償してもらおうかな」
星光「は、はい。あの、ここにお金も用意していますから。
   御幾らか、ちゃんとした額を教えてください」
北斗「身体で払ってもらおうか」
星光「えっ!?」
北斗「弁償額。君の身体で払ってくれる?」
星光「か、身体って!
  それはその。もしかして。
  あれって、ことですよね。んっと……」
北斗「ぷっ!あははははっ!
  何を想像してんの」
星光「はい!?」
北斗「僕がそんな男に見える?」
星光「あっ、い、いえ。
  でも、ちょっとだけそうなのかな、と」
北斗「ちょっとでもそう思ったの?
  それはひどいなぁ(笑)」
星光「す、すみません」
北斗「今から僕と同行してもらえるかな。
  撮影に行くから付き合って」
星光「えっ」


私は目じりの下がった恵比須顔の北斗さんの笑顔に癒され、
胸躍る再会に内心落ちつかず、フッ!っと小さな溜息を漏らす。
彼に言われるがまま、玄関前に停めてあった4WDの助手席に乗った。


北斗「ちょっとここで待ってて。
  事務所に忘れ物を取りに行ってくるから」
星光「はい」


やっぱり彼を訪ねてよかった。
北斗さんは微笑むと後ろの席に三脚とカメラ、
カメラバッグを積み込むとドアを閉めて、
一段飛ばしに玄関前の階段を駆け上がり、ビルの中に入っていく。
そんな彼の後姿を目で追いながら、心の中で思い切り両手を伸ばし、
温かい彼の手を探し求める私が居たのだった。 


(続く)


この物語はフィクションです。
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