ポラリスの贈りもの
33、ディスカバーアタック

北斗さんが私の名前を呼べば呼ぶほど、
押し出されるように涙が流れ出る。
力なくその場に座り込んだ私の手かこぼれ落ちる携帯。
届かない本音を震える声とともに絞り出した。



星光「私から辞退してくれなんて。
  ずっと待ってたのに。
  ……の言葉を信じて待ってたのに。
  風馬の真剣な気持ちを傷つけて……
  それでも私、北斗さんのこと、待ってたのに……」
夏鈴「キラちゃん」
星光「もうどうしたらいいか、
  何を信じたらいいか分からないよぉ……」


項垂れむせび泣く私の姿を見て夏鈴さんは激憤し、
透かさず床の携帯を取ると、
息つく暇なく北斗さんに言葉を返す。


七星『もしもし?星光ちゃん?』
夏鈴「もしもし、北斗さん。私、仲嶋夏鈴です。
  貴方、キラちゃんに何を言ったの!?」
七星『えっ、夏鈴さん?(汗)何を言ったって』
夏鈴「キラちゃんはね、ずっと北斗さんの連絡を待ってたのよ!
  心配し過ぎて落ち込んでしまうほど待ってたの。
  なのにどうして、
  彼女がショックを受けて泣くようなことばかり言うの!?」
七星『泣いてる!?』
夏鈴「そうよ!泣くほどのショックを与えるくらいなら、
  電話じゃなく逢いに来て、堂々と面と向かって言いなさいよ!
  洋史(ひろし)もそうだったけど、貴方も浮城陽立も!!」



自らの過去と目の前の私が重なったのか、
夏鈴さんは元彼にも言えなかった思いを、
北斗さんにぶつけながら電話を切る。
電話を切ると同時に我に還り、
済まなさそうな顔で「キラちゃんの北斗さんなのにごめんね」と呟いた。
そして啜り泣く私の肩を包むように抱きしめながら慰めてくれたのだ。




七星「もしもし!?(切れる)……陽立も?ひろしって、誰だ」

片や、夏鈴さんの凄まじい怒りの応酬にたじろぎ、
一言も言葉を返せないまま一方的に電話を切られた北斗さん。
ショックで泣いていると聞かされ、
ぼんやりと掌の携帯を見つめながら私の状態を気にかける。
しかし直様気持ちを切り替え、
流星さんと浮城さんが待つオフィスへ戻っていった。
オフィス内では流星さんと浮城さんが水中撮影用の機材点検をしていて、
無言で帰ってきた北斗さんに話しかけるけど彼は神妙な面持ちだ。



(スターメソッド3階、D・B・P撮影部オフィス)

七星「……」
浮城「カズ。ボンベの残量は大丈夫だったぞ。
  お前のハウジングとストロボも出しとけよ。
  O-リングにシリコングリスを塗って、さぁ……
  カズ、どうした。顔色悪くねぇ?」
流星「ん?……兄貴?」
七星「あ?ああ。
  そうだったな、ストロボはYS-D1を使用する予定でいるから。
  お前の後ろのドライキャビネットの中に入ってる」
流星「兄貴、なんかあったのか。
  星光さんに面談の件は話してきたんだろ?
  彼女なんて言ってた」
七星「そのことなら……もういい。
  会社に提出した辞表が受理されなかったらしい。
  それで、今回の話は彼女から辞退するということになった」
流星「えっ(驚)どうして!」
浮城「あれだけお前からのオファーを楽しみにしていたのに、
  会社から受理されなかったからって、それだけで辞退するなんて」
七星「そのほうがいい。
  彼女にとっては辞退したほうがいいんだ」
流星「兄貴。俺からもう一度彼女に話そうか」
七星「いいんだ!もうこの話はやめよう。
  さぁ、あまり時間がないぞ!
  早ければ明日の夜には打ち合わせに入るんだ。
  こっちもある程度準備して、撮影スケジュール立てられるようにしよう。
  陽立。光世から貰った工程表もう一度見せてくれ」
浮城「あ、ああ。
  (絶対何かあったんだ、星光ちゃんと)」
流星「(兄貴のやつ、何考えてんだ)
  兄貴。この撮影が本決まりになったら俺、
  ロケハン入る前に涼子の退院手続きに行きたいんだけど、
  2、3時間ばかし抜けてもいいか?」
七星「ああ、いいぞ。
  OKになれば泊まり込みで撮影になるし、
  ずっと留守にしてた分、少しは奥さん孝行してやらなきゃな。
  病み上がりの涼子ちゃんにまた寂しい思いさせる」
流星「そうなんだ」
浮城「まぁ。今回は千葉だし近いから、
  時々涼子さんを気晴らしに現場へ連れてくればいいさ。
  そのほうが俺たちも気分転換になるだろ?
  恋心や献身的な愛情は、
  良い作品を作り出すスパイスにもなるわけだから」
七星「お、おい。
  今回の撮影はそんな呑気に構えられる仕事じゃないんだぞ」
浮城「カズー。俺たちは半年で一年半分の仕事させられるんだ。
  休みもデートも半年お預けってか?
  いくら仕事って言っても、楽しみがないとやってられないだろ。
  それに、俺たちの要望はすべて聞いてくれるって、
  神道社長が言ったんだろ?
  そのくらいの我儘、社長も光世さんも聞いてくれるさ」
流星「そうだな(笑)それもいいな。
  考えておこうか」
浮城「そうそう。俺も呼んじゃおうかなぁ、夏鈴さんを。
  別の場所で告白の言葉を聞きたいって言ってたし、
  房総半島から見える壮大なパノラマを前に、
  彼女の肩を優しく抱いて囁くわけよ。
  『これからの人生、俺についてこないか?』ってね」
流星「えっ(笑)」
浮城「清らかな白波に月光が煌めいて、
  月のうさぎが波間を走るかのように見えると、
  僕のうさぎちゃんの心も波のうねりのようになびくってわけだよ」
流星「ぶっ!あははははっ!
  陽立さん、似合わねー」
浮城「流星くん、何とでも言ってくれ。
  恋に目覚めた男は海のように寛大なのさ」
流星「あははははっ!(笑)
  陽立さんのうさぎちゃんって、夏鈴さんって言うんだ。
  どんな子?」
浮城「夏鈴ちゃんって子は、豊島であった写真展で出逢ってさ」
七星「……」


北斗さんは浮かれた二人の会話にも加わることなく、
黙々と撮影機材や部品の掃除をしていた。
その表情はとても険しく、でも時折、
ぼんやりと何かを考え込むような冴えない表情も見せる。
二人は笑顔で話しながらも、
北斗さんの微妙な状態を見逃すほど鈍感ではなく、
流星さんはもちろん、
浮城さんも横目でちらっと北斗さんの様子を窺っていたのだ。




翌日。
私はひどい頭痛で目を覚ます。
ゆっくり目を開けると、モスグリーンのカーテンの向こうはすっかり明るい。
私のベッドで夏鈴さんに宥められながら眠り、
泣きながら寝入ってしまったのを思い出した。
腫れぼったい目をこすりながら壁にかかった時計をぼんやりと見る。


星光「ん……長い針が6、短い針は10……10!?
  ヤバい!完全遅刻だわ!」


今の時刻を知って慌てて飛び起きた私だったが、
テーブルの上にあった夏鈴さんからのメモを見つけて、
ちょっとだけホッとさせられた。


『Dear.キラちゃん
 おはようー。
 きっとこのメモを読んだとき、
 貴女の顔と目は腫れあがってて、
 とても店頭に立てる状態ではないでしょう(笑)
 私から体調不良ってことで店長に話しておくから、
 今日はゆっくり休みなさいね。
 それから、風馬くんのことはそれとなく店長に聞いてみるから安心して。
 彼が寮を出ても、店のタイムカードが押されてたってことは、
 他の店舗の応援か、研修に行かされてるかもしれない。
 まだ福岡に帰ってはいないと思うから、あまり考え込まないようにね。
 何か分かったらすぐ連絡するよ。
 また帰ってからゆっくり話そう。 
                  from.夏鈴
 追伸、昨夜はキラちゃんと同じベッドで眠って、
 4年間一人寝続きの私には、ちょっと刺激的でドキドキだった。
 恋心?なーんてね。本気にしないの!(笑)』


星光「もう……夏鈴さんったら」

彼女のさりげない心遣いは、
キュンと痛む私のハートには傷を癒す軟膏のようで、
行き詰まりだと思っていた眼前に、
ポッと灯りがともったような気持ちになった。  


そして、私の知らないところでは、
それぞれがそれぞれの目指す居場所に、少しずつ駒を進めていた。
それは相手の動きを読みながら動かすチェスのように。




(東京都豊島区、CCマート吉祥寺店駐車場)


風馬「もしもし、ひさっちか」
寿代『風馬!どうしたの?電話してくるなんて』
風馬「店、変わりないか?」
寿代『おじちゃんもおばちゃんも変わりなくだし、店は大丈夫。
  風馬から教えてもらった通り、仕入れもしとるよ』
風馬「そっか。全部任せてごめんな」
寿代『そんなこと(笑)気にせんでよかよ。
  当たり前のことしとるだけやけんね』
風馬「お前。俺との約束、守っとるんやな」
寿代『あぁ(笑)風馬から連絡あるまで、
  絶対に自分からは電話せんって言ったことね』
風馬「ああ」
寿代『それも当たり前のことだし、
  “約束”っていうのは守るためにあるっちゃろ?
  すぐ破ったら約束じゃないけんね。
  それに、私は風馬が大事やし、
  言われた通り、店と風馬の両親を守る。それだけ』
風馬「ひさっち……
  俺さ。11月始めには新幹線で福岡に帰るけん」
寿代『えっ。ほんと?』
風馬「うん、帰る……福岡に。約束通り」
寿代『分かった。帰ってくるの、待っとーよ』
風馬「ああ。日にちはまた連絡するけん」
寿代『うん!』

話し終わると携帯を静かにおろし、風馬は店舗の壁に凭れる。
何一つ責めることのない寿代の慈愛の言葉に、
呵責の念と痛々しい思いに打たれ、大きな溜息を漏らす。
私への想いを立ち切る悲しさと後顧の憂いを隠して、
青く晴れ渡る空を仰いだのだった。


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