ポラリスの贈りもの
39、ゴシップとデンジャーゾーン

怒涛のようにやってきた様々な出来事に動揺している北斗さん、
呆気にとられている風馬、そして困惑する流星さん。
それぞれの複雑な思いがスーパーストームのように勝浦を襲い、
邂逅に戸惑う私も否応なくその渦中にどんどん巻き込まれていく。
じっと私を見つめる北斗さんの視線が痛くてたまらず俯いた。
しかし、そんな私達とは対照的なのは神道社長で、
流星さんの持っている雑誌を取りざっと目を通すと、
とても冷静沈着に私達に話しだす。


神道「なんだ、お前たちも知ってしまったか。
  これこそついさっきのこと、
  うちに押しかけてきたハイエナどもを片付けてきたんだけどな」
流星「えっ。もう会社に押しかけて来てるんですか」
神道「ああ。
  流星、七星。俺はこれから商談があってあまり時間がないんだ。
  申し訳ないが中にはいってくれるか」
七星・流星「はい」
神道「塩田くんと星光さんも、私達と一緒にリビングにきてくれるかな?」
風馬「は、はい」
星光「はい……」


流星さんは私の耳元で「大丈夫だから心配するなよ」と一言囁いて、
私の前を歩く北斗さんに近寄った。
そして神妙な表情を浮かべながら歩く彼の肩をポンポンと叩くと、
追い抜きざまに声をかけた。


流星「兄貴、すまないな。
  兄貴よりも先に俺が星光さんをヘッドハンティングした」
七星「えっ!?それは、どういうことだ……」
流星「だから!
  星光ちゃんのカメラの実地試験をして、
  履歴書をうちの本社に送らせたんだ。
  それで、社長と東さんが彼女を面接して合格したってこと」
七星「ふたりが面接って。おい、流星!」
流星「おい!」
風馬「は?」
流星「俺と一緒に行くぞ、狂犬!」
風馬「いてっ!そのあだ名、やめてくださいよ!」
流星「うるさい、狂犬!
  新人が先輩にたてつくな!」


流星さんは私たちのために気を利かせたのか、
風馬の首に腕を回して、彼を連れて私たちより先に別荘に入る。
躊躇い不安げにトボトボと歩く私を、
北斗さんは優しい眼差しで見つめて手招きした。




(勝浦海岸沿いの別荘、一階リビング)


東さんは神道社長に、カレンさんと水野さんの事故の件と病状を報告する。
それを聞いて彼は、別荘にいる全社員に事情を話し、
BチームとCチームの全員に明日一日休みを与えたのだ。
ペンションに戻る者や自宅に帰る者と各々が支度をし始める。
一時してリビングに残ったのは、東さん、北斗さん、流星さん、
浮城さんに田所くん、風馬と私となった。
それと神道社長の車で私と一緒にきた、
スターメソッドの社員の村田苺(いちご)さん。
神道社長は持ってきた雑誌を東さんにも渡し、いちごさんを呼ぶと、
田所くん、風馬、私を連れて、
外のテントで備品の点検をするように指示した。
東さんは神妙な顔で記事に目を通す。



〈カメラ雑誌“ピンポイント”の記事〉



  『多くの女性をメロメロにしてきた有名写真家、北斗七星。
  美しい肉体美で知られる女性写真家、摩護月カレンと結婚秒読み!
  関係者が5年前のクレーン横転事故の真実と胸中を本誌に語る。
  
  スターメソッド所属の写真家、北斗七星(39)と、
  同社所属の女性写真家、摩護月カレン(34)が、
  熱愛中であることが17日分かった。
  ふたりは多忙なスケジュールを熟す中、
  パーティーや撮影でのデートを重ねている。
  キーワードとなったのは宮崎、沖縄の撮影、
  6年前の2008年の撮影を境に仲良くなり、精力的に活動をしている。
  所属会社の完成披露パーティーでは、
  ふたりの親密さをまざまざと見せつけた。
  パーティー関係者からは高級料理店から彼のオーダーで、
  彼女の為に高級フランス料理までチョイスしたんだとか。
 

  北斗七星は、5年間報道カメラマンとして活動し、
  2006年5月、スターメソッドに入社。
  同年10月に出版した“君を求めて”で最優秀ピクチャー賞を受賞している。
  100万部の売り上げを上げるミリオンセラーと同時に、
  翌年の2007年に弟で同社の写真家である北斗流星(38)と、
  写真集“THE CONTINENT(大陸)”を出版。
  55万部を売り上げて、ファン層を増やす。
  2008年、同社所属モデル、奥園若葉さんとの交際が取り沙汰された。
  しかしその後、完成披露パーティーでの北斗流星氏の妻との情事が発覚。
  

  若菜さんとの交際が破局し、弟流星氏との確執が浮き彫りとなる。
  それを期に流星が渡米。4年半涼子さんと同棲していた。
  そして、2009年に行われた映画“スタント”(台東区黄金通信社)の撮影中、
  クレーン横転事故が発生、それをきっかけに仕事が低迷し始めた。
  現在は弟の流星氏との確執を乗り越え、
  再起をかけて千葉県勝浦での撮影をこなしている。
  あの有名なおせんころがしのほど近くに撮影クルーは陣取っている。
  業界でも“冷酷な鷹”と恐れられている、
  スターメソッドの代表の神道生(39)は、
  依頼会社との撮影契約金を三倍に引き上げ、
  半年間という短期間での撮影を強行。
  同社専属で最優秀ピクチャー賞、世界報道カメラ大賞を受賞した写真家、
  東光世(39)も撮影の指揮をとる。
  関係者によると、この撮影では関わった4社で怪我人や撮影事故が続出。
  前代未聞の撮影とうわさも流れているだけに、
  今作品の完成度が期待される』



神道「まぁ、ある事ない事つらつらと。
  例の黄金映画撮影時のクレーン事故の件も書いてある」
東 「七星、流星、大丈夫か?」
流星「俺は大丈夫ですが、兄貴は」
七星「僕も大丈夫です。
  それより神道社長。
  濱生星光さんの採用の件、どういうことですか」
神道「ん。どういうこととは?」
七星「彼女は、今回の採用を見送るとお伝えしたはずです」
流星「だから、それは俺が」
七星「お前は黙ってろ。
  彼女には撮影経験が」
神道「七星。
  最初はお前が彼女を連れてくることになっていたはずだ。
  俺は、お前に会議の時に面談するといってあったはずだが?」
七星「そ、それは……」
新道「お前が持ち込んだ話を、流星が変わってしただけだ」
七星「しかし」
東 「七星。お前、何かひとりで抱えてないか?
  何かあるなら、今ここで話せ。今回の事故とこの報道もあるんだ。
  ここ最近のお前の様子を見てると、これからの撮影にも支障がでかねない」
七星「では……お願いがあります。
  彼女がこの撮影現場で働くなら、
  安全のためにこの別荘で寝泊りをさせてください。
  そうすれば何かあっても目が行き届きますから」
東 「それはできないな。
  この別荘には男ばかりで他のスタッフの手前、
  女性ひとりだけ宿泊させるわけにはいかない」
七星「それでは……やはり、彼女をこの現場から外してください」
神道「七星。
  なぜ彼女の身を案じているのか、俺たちにわかるように説明しろ」
七星「そ、それは」
浮城「それは、カレンのことがあるからです」
東 「カレン?彼女がどうしたんだ」
浮城「実は……」


浮城さんはカレンさんが北斗さんに告白したことや、
彼女とのこれまでのこと、
このゴシップ記事に触れ、5年前のパーティーでの一件を話す。
そして流星さんからも、涼子さんから聞いた黄金の撮影期間にあった、
自宅不審車事件を報告したのだ。
北斗さんはじっとうつむいて座ったままだったけれど、
神道社長と東さんから執拗に追及され、
私が根岸さんとカレンさんのターゲットになるかもしれないと、
漠然とした不安を漏らしたのだ。
まるで5年前の沈んだ膿出しをするように、それぞれに意見を出し合う。


神道「流星の不審車の件はわかった。
  調査して誰の所有か調べよう」
流星「はい。お願いします」
神道「七星。
  陽立の話を聞いてなんとなくお前の気持ちはわかったが、
  星光さんの件は光世の言う通り、
  彼女だけをここにおくわけにはいかない」
七星「はい……」
神道「しかし、カレンとは一緒にさせないようにする。
  だから彼女の傍に村田をつけて、
  ここで住み込みで手伝いをさせようと思う」
七星「えっ」
神道「実はそのために今日彼女を連れてきたんだ。
  流石にいくら旅館での調理経験があって料理ができると言っても、
  初めて来た人間にいきなり30人近い食事をひとりでさせられない。
  だから、村田と同室でならここで宿泊させてもいい。
  光世。
  今夜、星光さんと村田を加えた新しい割り当てをつくってくれるか」
東 「ああ、わかった」


神道社長は、東さんに今後の方針を伝えた後、次の商談に出かけた。
リビングのソファーで考え込むように項垂れる北斗さん。
社長の計らいに少しだけ安堵した表情を見せた。
東さん、流星さん、浮城さんは心配そうな表情を浮かべながらも、
彼を見守り支えるように話していたのだった。

(2ページ目へ)
< 53 / 121 >

この作品をシェア

pagetop