ポラリスの贈りもの
41、嘆きのシンパシー

夏鈴さんはコーヒーを飲みながら海を眺めていたけれど、
話の途中で急に黙ってしまった。
その表情は青ざめ、何かに怯えるように口に当てた両手を震わせている。
そして視線はじっと海を見つめ、その目にはいっぱいの涙を浮かべていた。
さっきまで明るい表情を見せていた夏鈴さんの突然の変容に、
私は勿論、いちごさんも心配で彼女に声をかける。


(別荘の庭にある休憩所)


星光「夏鈴さん!?……どうした?」
村田「顔色が悪いわ。
  体調が悪いなら潮風は避けた方がいいわ。
  リビングに移動しましょうか?」
夏鈴「……」
星光「あっ。もしかして……元彼のこと思い出しちゃった?
  夏鈴さん、場所変えましょうか」
夏鈴「……」
星光「私に何かできることがあったら慮なく言って?」
夏鈴「(今のは幻!?……きっとそうだ。
  だってそんなわけないじゃない……)」



無言のままボロボロと大粒の涙を流す夏鈴さんに、
何をしてあげればいいかのか、
痛みにも似たむず痒さを感じながらおろおろするしかない。
私は夏鈴さんの顔を見ながらしゃがみ込むと、
彼女の両手を握って見守るように見つめる。
その時だった。
別荘の門の方でスタッフ数名の言い争うような声が聞こえてきた。
いちごさんが夏鈴さんを気にしながらも後方を見て確認をすると、
異様な光景が目に入ってくる。




(別荘の門横、受付所)

スタッフA「カレンさん、安静にしてないと駄目です!」
カレン 「ちょっとどいてよっ!
    私はもう大丈夫なんだから!」
スタッフB「東さんからの命令なんです!
    まだ現場復帰は無理ですって!」
カレン 「東さんが私の何を知ってるの!?
    自分の身体は私がいちばん知ってるわ!」
警備員 「カレンさん、とにかくペンションに戻ってください!」
カレン 「うるさい!
    そこどいてったら!放してちょうだいっ!」


2名のスタッフと警備員の制止を振り切り、
すごい剣幕で建物に向かって歩いてくるカレンさんがいたのだ。
いちごさんは私の肩をとんとんと叩き、冷静な声で話し出す。

村田「キラさん。
  ここから動かないで、夏鈴さんの傍に居てあげてください」
星光「は、はい。あの、何かあったんですか?」
村田「大丈夫ですから、彼女をお願いしますね」
星光「は、はい」

いちごさんは穏やかな声でそういうと、
足早に庭から東さん達の居る海岸のほうへ向かった。
その姿は流石、神道社長の秘書ともあって冷静沈着だ。
それに引き替え私ときたら、後方の騒がしい声も気になるし、
泣いている夏鈴さんのことも心配で打ち守るしかない。





(勝浦の撮影現場、休憩所)


Bチームが撮影を終えてこちらに向かってくるのを確認しながら、
流星さん達のいる場所から少し離れた所で、
東さんと一緒に機材のチェックをしている北斗さん。
田所くんと風馬もボートを停泊させて下りてくるのも見える。
無論、東さんも機材を持って歩いてくる根岸さんの姿を監視していた。



東 「七星」
七星「ん?なんだ」
東 「根岸のこともなんだが、流星の自宅駐車場にあった車のことと、
  あの記事のネタを出版社に持っていった人間が誰だか分かったぞ」
七星「えっ!やはり、根岸だったのか?」
東 「いや。そのことでもうすぐ生が来るから、
  ここを片付けたら、別荘の僕の部屋にきてくれないか。
  スタッフには聞かせられない話なんだ」
七星「わかった。それじゃあ、急いで片付けよう。
  陽立!流星!お前たちもそろそろ片付けてあがれよ!」


浮城「おお!」
流星「ん?浮城さん?」
浮城「なんだ?」
流星「なんだか、別荘の方が騒がしいし、様子がおかしい。
  しかもうさぎちゃんと星光ちゃんの様子も気になるんだが」
浮城「えっ!(驚)うさぎちゃん、ここに来てるのか!
  本当だ!……いちごちゃんがこっちに向かって来る。
  それと別荘、ん!?あそこに居るの、カレンじゃないか!?」
流星「おい、あの状況はヤバいって!」


別荘のあるほうを見ていた流星さん。
私たちの異常に気づいて浮城さんに知らせた時、
近づいてきたいちごさんが、
東さんと北斗さんに助けを求める声が奔った。


村田「東さん!七星さん!
  大変です!カレンさんがこっちに来ます!」
東 「えっ!?……七星!」
七星「まずい!」


東さんと北斗さんはいちごさんの声と別荘の様子から状況を判断し、
道具から手を離すと私達の居る別荘へ向かって走り出した。
そして、それを見た流星さんと浮城さんも、
顔を見合わせて緊迫した状態を悟って、
二人の後を追うように走り出した。



制止を振り切り、別荘の敷地に入ってきたカレンさんは、
庭のベンチに居る私と夏鈴さんを見て驚き、一度は立ち止まった。
しかし再び歩き出し、鋭い目つきで私達に向かってやってくる。
私は、カレンさんの声がするまでそれに気がつかなかったが、
噛みつくように話しかけてきた彼女の声に驚いた。
そして更に、
東さんの叫び声が聞こえるとどういう状況が背後で起きていたか、
やっとのこと把握できたのだ。


カレン「濱生星光!?……えっ!?まったく、呆れた!
   ちょっと!なんで貴女たちがここに居るの!?」
星光 「カレンさん……」
カレン「どんだけ図々しいの!
   カズや陽立に拝み倒して入り込んだわけ!?」
星光 「そ、それは」
夏鈴 「キラちゃん?」
カレン「カメラのことも撮影のこともわからないド素人が、
   うちの人間みたいに偉そうに座ってお茶なんか飲んで!」
星光 「私はそんなつもりでは……」


海岸から全速力で走ってきた東さんは、
私達に文句を言いながら寄ってくるカレンさんに向かって駆け寄った。
彼は遮るように彼女の両腕を強く掴むと、
私たちの傍に行かないように阻んだのだ。
そして北斗さんは、私と夏鈴さんを彼女から守る様な形で間に立ち、
じっと東さんとカレンさんのやり取りを息を整えながら静観する。
後から駆けつけた流星さんと浮城さんも、
東さんを手伝うようにカレンさんに駆け寄った。


東  「カレン、宿舎に戻れ!」
カレン「東さんまでぐるだったんですか!」
東  「ぐるって何のことだ。
   君は療養中だろ!」
カレン「東さん、私はもう大丈夫です。
   撮影に復帰できます!
   潜るのだってできるし、カメラも持てます。
   お願いですから、今日からみんなに加わらせてください!」
東  「駄目だ。社長命令だ。
   社長の許可がないと復帰はさせられない!」
カレン「そんな……
   やっぱり、神道社長もグルだったのね!」
東  「おい、そこ!
   突っ立ってないで彼女をペンションまで連れていってくれ!」
スタッフA・B「は、はい!」
カレン「カズ!黙ってないでなんとか言ってよ!
   私たちは仲間でしょ!?」
七星 「カレン、とにかく宿舎に戻れ」
カレン「貴方まで……仲間より彼女を取るの!?カズ!
   陽立も流星も!なんとか言いなさいよ!」
浮城 「カレン、ここに居ちゃダメだって。
   安静にしてないと」
流星 「まだ良くなってないだろ!」
カレン「みんなして私をのけ者にするの!?
   貴方たちみんな大っ嫌いよ!
   (あっ、洋紅!)根岸くん!!」




海岸からこちらに向かってくる根岸さんの姿に気がついたカレンさんは、
大きな声で根岸さんを呼んだ。
スキューバー機材を下ろして、スエットスーツ姿の根岸さんと佐伯さんは、
様子を伺う為に別荘へ向かってきた。
その姿を見て北斗さんは私達から離れて歩いてくる2人に歩み寄る。
カレンさんはスタッフに両脇から抱えられるようにして連れ戻され、
出入口まで東さんが見張る様に後ろを付き添った。
彼女は何度も後ろを振り返り、
根岸さんが北斗さんに近づく姿を目で追っている。
流星さんと浮城さんは少しの間、抵抗するその姿を見守っていたけれど、
安全だと確信したのか大きなため息をついて別荘に戻ってきた。
しかし泣いている夏鈴さんの姿を見た浮城さんは、
何が起こったのかとまたも驚いていた。
海中での撮影を終えて別荘に近づいてきたBチームスタッフの一部が、
この騒ぎに気がつき、ざわざわし始める。




根岸「あれは?
  (何があったんだ?)」
佐伯「七星さん、何かあったんですか!」
七星「いや。何でもないから心配しなくていい。
  お前たち、上がったばかりだろ?
  無理しないで休憩しろよ」
佐伯「はい」
根岸「カレンさんはまだ療養中で宿舎で休んでるはずでしょ。
  なんでここに居るんです?」
七星「光世が彼女と話してるから大したことじゃない。
  今回は潜水が長かったから、根岸も佐伯も今日はあがっていいぞ」
佐伯「はい」
根岸「は、はい」


海風になびくバスタオルの波の合間から、
北斗さんと話している佐伯さんと根岸さんの姿が視界に入る。
その瞬間、それまで座って泣いていた夏鈴さんが急に立ち上がった。
椅子が倒れてびっくりした私は、その場にしりもちをつく形で座り込んだ。


星光「夏鈴さん!?どうしたの」
夏鈴「キラちゃん。助けて……」
星光「えっ!?」
浮城「夏鈴ちゃん?」
夏鈴「私、限界よ……もうダメ!」
星光「夏鈴さん!?」
浮城「どうしたんだ。夏鈴ちゃん!」


(2ページ目へ)
< 57 / 121 >

この作品をシェア

pagetop