ポラリスの贈りもの

私はエプロンを椅子に掛けて外に出ると、
ベンチに腰かけ高く上った月を眺めた。
11月も半ばになると、夜の澄んだ空気はとても冷たくて、
ひやりとした水に触れたような感じを受ける。
秋の夜風がじわじわ身体にしみてくると同時に、
北斗さんの温もりを想いだし、なんだか寂しさも増大してきた。
その時、窄めた私の肩にふわっと柔らかく温かな感覚を感じた。
それは流星さんで、
微かに震える私にスタッフジャケットをかけてくれたのだ。


流星「ここ、座ってもいいかな?」
星光「はい!……あっ。
  やっぱり、今でも慣れないな」
流星「ん。何のこと?」
星光「流星さんの声は北斗さんとそっくりで、
  やっぱりどきっとしちゃいます」
流星「そうか(笑)
  どうした?なんだか元気がないな。
  もしかして兄貴のことでも考えてた?」
星光「はい。まぁ……」
流星「何か不安があるんだったら聞くよ」
星光「不安ですか……すべてが不安です。
  なんて、それじゃ困りますよね(笑)」
流星「すべてか。兄貴の何を知りたい?」
星光「私。北斗さんのことを何も知りません。
  好きなもの、苦手なもの、
  どんな癖があってどんな人が好きなのか。
  皆が言いたがらない報道のことも……」
流星「報道か。
  そのことなら兄貴から直接聞いたほうがいい。
  今、神道社長と話してるのはその件だ。
  僕らだって事実をまだ聞かされてないからな」
星光「そうなんですか?」
流星「うん。でもひとつ言えるとしたら、
  今雑誌やTVで流れてる報道は真実じゃないってことだけだな」
星光「事実じゃない……」
流星「それで?兄貴の好きなものが知りたいわけ?」
星光「そ、そうですね」
流星「兄貴は、ツインビクトリアのレアものフィギュアを持ってるし、
  枕に使ってるポイボスのクッションをぎゅっと抱きしめて寝てる」
星光「えっ」
流星「いつもあんなに大人ぶってクールに決めてるけど、
  あれでいてかなりのポイボスのファンなんだ。
  作業用BGMは“ツインビクトリアの初回限定盤のサントラ”で、
  いつも編集作業の時にヘッドホンしてるのはそれを聞いてるからだ」
星光「えっ!」
流星「兄貴はCCコンビニのBIGエクレアが大好物で、
  いつも愛読してるカメラ雑誌は“ピンポイント”
  ほかにも“月刊温泉紀行”“青少年ジャンプ”を読んでる。
  好きなコーヒーはキリマンジャロだし、
  月いちで“風来坊”のもやしとんこつラーメンを食う。
  苦手なものは化粧の濃い女と外国の香水。
  それから平和主義者だから厄介な争いも嫌いだ。
  恋愛の癖は、引き際の美学を知ってて、
  どんなに好きでも無理だと分かればあっさり引く。
  その割に押されると弱い」
星光「あ、あの、流星さん?」
流星「兄貴の好みの女は、
  奥手で自分に自信がまったく持てず、いつもモジモジしてて。
  兄貴の弟に命乞いするような目で訴えて縋りつき、
  自分からまったく行動を起こせないでいるくせに、
  運命を信じながら全財産を持って、
  決死の覚悟で福岡から東京に来た奥ゆかしい女だ」
星光「(ん?……もしかして、私のこと?)」
流星「ほかに聞きたいことは?」
星光「あっ。えっと」
流星「君は本当に運命の意味を分かってるのか?」
星光「……」
流星「“運命”って言うのは“運ぶ命だ”。
  自分の足で動いて掴み取るからこそ手にできる。
  君はそうやってここに来たのに今はどうだ?
  何かに恐れて掴もうとする手を自分からひっこめてる」
星光「そ、それは……」
流星「兄貴に突き離されるのが怖いのか?
  だったら突き離されないようにしがみ付けよ。
  今、俺に見せてる助けを求めるような真剣なその目で押してみろ」
星光「流星さん」
流星「それに、今度から兄貴のことは『北斗さん』じゃなく、
  『七星さん』って呼んでみな?
  嘘のように距離が縮まるから」
星光「流星さん……」
流星「兄貴のことを本気で愛してるなら自分の手と足で掴め。
  それで揺るぎのない宿命のふたりになる」


流星さんは、私にエールを送る様に力強く訴えた。
その真剣な瞳はしゃんと据わって大人びた凛々しさを満たしている。
なんと心強い味方なんだと思えば思う程、涙が溢れてならない。
彼は微笑んで、すすり泣き頷く私の頭を抱きしめて撫でてくれたのだ。


星光「あの……流星さん」
流星「ん?何?」
星光「北斗さんって、本当にポイボスのクッション抱えて寝てるんですか?」
流星「えっ!そこ聞いてくる?」




そんなほのぼのとした私たちの様子を、
建物の陰から窺う黒い影がひとり。
その目は月の光を受けてキラリと光り、
カミソリのような鋭利な眼差しで見ている。
励まされホッと心が救われた気分の私とは裏腹に、
背後では激しい怒りの炎が燃え上がっていたのだ。
これから始まる出来事は運命か、それとも宿命なのか、
この時は誰しも、燻る狂気の足音を気付けずにいたのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。
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