ポラリスの贈りもの
7、架空の私

福岡空港国内線の出発カウンターフロアで、
いろんな人間ドラマに見とれているうち、
さっきあった緊張感はいつの間にか治まっていた私。
傍から見れば、今の私もこんな細やかで温かな空気に包まれて、
穏やかに写っているのかもしれない。


航空券を持った北斗さんが私に微笑みながら近寄りチケットを手渡した時、
心地良い温かな空気を切り裂くようにある声がロビー内に響いた。


颯 「星光!!」


辺りは一瞬で静かになり、場の空気を凍りつかせる。
北斗さんは颯を見るなり瞬時にその状況を理解して私の手を掴んだ。
私はその声の主をじっと見つめて、これから起きる惨事と、
またも囚われの身になるかもという恐怖に襲われて身も心も震え出す。
その震えの意味も北斗さんには把握できたようで、
「大丈夫だよ」と言っているように強く握ってくれた。
周囲の視線を一身に受けながら颯が一歩一歩、
睨みを利かせてゆっくりと私達に近寄ってくるのが鮮明に見え、
それに合わせ私の鼓動も早くなって、
この恐怖を遮るように目に涙が溜まる。


星光「颯が怖い。北斗さん、どうしよう…」
七星「大丈夫。僕がいるから」
星光「で、でも」
七星「彼と交渉するから僕の傍から離れないで。いいね」
星光「は、はい」


北斗さんは柔らかな声で言い諭すと、
私の前に出て颯からガードするように立ち構える。
彼の背中が私にはとっても大きく、城壁のようにどっしりとして見えて、
それはまるで映画で見たボディーガードのように頼もしく写った。
すると、北斗さんの向こうから好戦的な口調で颯の声が響く。


颯 「あんた誰だ!そこどけ!」
七星「星光さんの相談者だが、何か用があるなら僕が聞こう」
颯 「相談者?俺はあんたに用はない。
  迎えに来たんで星光を俺に帰してもらおうか」
七星「帰す?彼女から迎えを頼まれたのかな。
  それでここに居ることを知ったのか?」
楓 「いや。携帯のGPSでここだと分かってね」
星光「GPS!?貴方は私を監視してるの!?」
颯 「それと、星光が家出しそうだから止めてくれって、
  ある人から電話もらったもんでね。
  星光。こんな何処の誰かも分からん奴と居ないで俺と家に帰るぞ。
  女将からも連れて戻る様に言われてるんだ」
星光「私、颯とは行かない」
颯 「星光!いい加減にしろ。
  駄々っ子みたいな真似するなよ!」
星光「(電話って……まさか風馬!?)」
颯 「おい!こいつの後ろに隠れてないでこっちこい!」
七星「君、ここは空港だ。
  大声で叫べば人の迷惑になるだろ。
  それに、君はGPSで勝手に追跡して彼女を捜してきたわけだ。
  それならこれは彼女の意思じゃない。
  僕は彼女の気持ちを聞いてここに居る。
  横暴な言動の君に、このまま彼女を渡すわけにはいかないな」
颯 「はぁ!?あんたいったい何者なんだ!
  部外者は引っ込んでてくれないかな。
  俺は星光の婚約者なんだぞ!
  じきに夫になるんだ。
  自分の婚約者をGPSで捜して何が悪い。
  俺が連れて帰るのは当たり前のことだろ!」
七星「さっきも言ったように、僕は彼女の相談者で協力者だ。
  それに、僕の素性を君に言う必要はないし、
  彼女は君とは一緒に帰らないと言ってるんだ。
  婚約者でじき夫になるからと言って、
  嫌がる彼女を無理矢理連れて帰って良いことにはならない」
颯 「とにかく邪魔だ!そこをどけ!」


凄い剣幕で胸座を掴み、捲くし立てる颯にびくとも動じず冷静な北斗さん。
颯の表情から今にも北斗さんを殴りかかってしまうかもと思うと、
私の心は潰れてしまうくらい辛くて気が気ではない。
彼を守る為にこのまま黙ってはいられないと、意を決して颯の前にでた。



七星「星光さん!?」
星光「私は大丈夫です。
  颯、彼に乱暴するのは止めて!」
颯 「星光、帰る気になったか。
  ほら、おいで。
  俺と一緒に旅館に帰ろうな」
星光「いや。私は帰らない。
  彼と一緒に行くわ」
颯 「はぁ!?何を血迷ったこと言っとるとか!」
星光「だって!颯が私と婚約したのは自分の出世の為で、
  貴方の心には昔から加保留がいるじゃない!
  加保留からも言われたわ。
  『颯を還して』って。
  二人して私のことを利用して騙して笑ってたくせに。
  私のことだって、一度も優しく愛してくれたこともない。
  父や母の前ではいい人ぶって、この偽善者。
  私はもう、こんな関係終わりにしたいの!」
颯 「違う!俺が本気で惚れてるのは星光で、加保留じゃない」
星光「その場しのぎの言葉なんか聞きたくない」
颯 「星光、頼むから俺と一緒に帰ろう!
  お前が居ないと俺はどうしたらいい!
  困るんだよ!」
星光「困るって自分勝手なことばっか言わないで!
  いやっ。放して!」
七星「いい加減にしろ!
  彼女に手荒なことをするな!」
颯 「痛ててっ!」


颯の腕に手をかけた北斗さんは、
私を掴んでいた颯の手首を力強く取って、
ぐっとねじると彼の背中で思い切り抑え込んだ。
私はすぐさま北斗さんの後ろに戻り、
彼の白いシャツの背中を震える手で掴む。



そこに人だかりをかき分けながら息を切らした風馬がやってきた。
風馬は一瞬何が起きてるか分からず、茫然と立ち止まっていたけれど、
私が呼ぶ声を聞き、慌てて傍まで駆け寄ってきた。


颯 「こらっ!放さんか!くそったれ!!」
風馬「星光!な、何で颯がいるんだ」
星光「風馬、助けて!
  早く此処に来て颯を押さえるの手伝って!」
風馬「は?あ、ああ!」
颯 「風馬、お前までグルか。
  後で覚えとけよ!」
風馬「せからしか!
  ちょー黙っとれ!」


風馬は言われるがまま、暴れる颯を倒して押さえつけた。
そのうち通報で駆け付けた空港警察の警官の姿が見えて、
揉めている私たちを見つけると、こちらに向かって足早に近寄ってくる。
事態の重さを察した北斗さんは私の手を取ってフロアの隅に連れていくと、
両腕を力強く掴んで、私の目をじっと見つめて真剣な顔で話し出した。




七星「星光さん、よく聞いてくれ。
  ここで警察が入ってきたら君は事情を聴かれて、
  事と次第によっては強制的に家に連れ戻される。
  だから今日は一旦、このまま風馬くんと一緒にいるんだ」
星光「えっ!?私は何があっても、
  北斗さんと行くって決めたんです!」
七星「分かってる!
  ただこの状態で僕と来ると言っても、
  強引に連れ戻されるかもしれない。
  そうなったら東京に来ることだってできなくなるだろ」
星光「でも!」
七星「さっき僕が渡した航空券は出発カウンターで払い戻しが出来る。
  手数料を取られるが、返金してもらえるから、
  君が僕を訪ねてくる時の航空券購入に使うんだ。いいね」
星光「北斗さん(涙声)私は貴方と一緒に行くのに……」
七星「星光さん、泣かないで。
  お願いだからよく聞いてほしい。
  君の意志が固かったら、今日でなくても僕の許に来れると思う。
  僕が渡した連絡先、持ってるね」
星光「はい」
七星「東京に来る日が決まったら連絡して。
  その時は必ず君の力になる。
  僕と話がしたいと思った時も、
  何時でもいいから遠慮せずに連絡していい。
  何かあってどうしても僕の携帯に連絡がつかなかったら、
  東京のスター・メソッド本社の東宛てで連絡をしてほしい。
  彼には事情を話しておくから、彼を通じて僕に連絡をとってもらって」
星光「北斗さん……」
七星「何も心配はいらない。
  少し東京に行く日が延びただけだ。
  僕は一足先に東京に帰って、君が来るのを待ってるから。ねっ」
星光「分かりました。
  必ず連絡して行きますから」
七星「力になると言っておきながら、こんなことになって本当にすまない」
星光「そんな。謝らないでください。
  悪いのは私で、北斗さんは何も悪くないです。
  北斗さんは私の命を救ってくれて、私の今後を親身になって考えてくれた。
  もっときちんとした形で家を出てくれば、
  こんな騒ぎに北斗さんを巻き込むことはなかったのに」
七星「何言ってるの。
  僕は気にしてないよ」 
星光「でも……一緒に行きたかったです。
  本当は一緒に!」
七星「僕も、一緒に連れて行きたかった」



北斗さんは泣いている私をぐっと引き寄せ、自分の胸の中に抱きしめた。
それは力強くそしてとても温かく、
私の心までしっかりと包んでくれる安心感を与えた。
同時に彼の爽やかな香水の香りも、
ふんわりと漂い、心地いい存在と感じさせる。


到着した警官に声をかけられた風馬が、
おどおどしながら対応しているのを見て北斗さんは私から離れた。
そしてフロアに置いていた荷物を持ち、
もう一度私の手を強く握ると泣き顔の私に優しく微笑んだけれど、
その手をゆっくり放したのだ。
彼は後ろを向いて2階の搭乗ターミナルに向かっていく。
彼の後姿が視界から居なくなるまで、
私はぽろぽろと涙を流して見送った。
彼の後ろ横で幸せな笑みを浮かべてエスカレーターで上がっていく、
期待に胸を膨らませる架空の私を見守りながら……


(続く)


この物語はフィクションです。
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