ポラリスの贈りもの
8、無言のメッセージ

北斗さんがその場を立ち去った後、
楓の怒鳴る声がして、はっと我に還ったように後ろを振り返る。
二人の警察官に両脇を抱えられて連行される楓と、
一人の警察官に必死で説明する風馬の姿があった。
事を治めたのか、立ち去る警察官に風馬は頭を下げている。
安堵したと同時に何だか拍子抜けした私。
彼を巻き込んだことが申し訳なくて、顔色を見ながら近寄ると、
すぐ私の腕をぎゅっと握り引っ張っていく。
その表情は明らかに怒っていて、
空港前の駐車場に停めてある私の車に乗り込むまで無言だった。
運転席に座って二人きりになり安心したからか、呆れたように溜息をつく。
風馬の表情はまだ険しいけれど、
エンジンをかけて車を発進させるとやっと口を開いた。
私は自分の軽自動車の助手席に座っていることに違和感を覚えるも、
風馬の言葉で颯に電話をした人物と、
こういう事態になった真相を知らされ愕然とした。



風馬「なんで颯が空港に来てたんだ?」
星光「携帯のGPSで居場所が分かったのよ」
風馬「へー。あいつってそういう事するんだな」
星光「それに、ある人から電話があったって。
  話したのは風馬だけだったから、
  てっきり風馬が颯に話したのかと思ってた」
風馬「なんで俺が颯に言うとや。
  (恋敵だぞ、あいつは)
  あっ。もしかしたら、寿代かもしれん」
星光「えっ?寿代に話したの!?」
風馬「そ、それは。
  成り行き上仕方がなかったちゃん。
  星光の車を取りにいかなきゃいけんかったし、
  ひさっちに俺の車を運転して帰ってもらったけん」
星光「もう……
  それじゃあGPSでなくたってバレバレ」
風馬「そうなのか。ごめん。
  メールもらった時、助手席に居たもんでつい、なっ。
  しかしひさっちは幼なじみでお前の味方のはずなのに、
  何で楓に話すんかな」
星光「そう思ってるのは風馬だけだよ」
風馬「は?それ、どういう意味」
星光「だって。寿代は風馬が好きだからよ」
風馬「そんなん、今回のことと関係なかやろ」
  


(福岡空港横、県道551線沿い)


風馬は空港横の路肩に車を停めると、
離着陸するジェット機をぼんやり見つめた。
なんだか気まずい雰囲気にかなりの沈黙が続いたあと、
風馬はまた深い溜息をつき、私の横顔を見ながら言葉を発した。



風馬「星光。一緒に居た男、誰?」
星光「えっ」
風馬「俺、颯があんなに取り乱すの初めて見た。
  あいつは昔っから冷静で、感情を表に出す奴じゃないからな。
  それに……加保留とできてるから星光が他の男と居たって、
  平気なんだろうなと思ってたけど、
  颯も星光のこと本気で好きなんだなって思った」
星光「そんなことない。
  颯が好きなのは加保留だもの。
  あんなに取り乱したのは母から頼まれたからで、
  自分の立場と地位がかかってるから私が居ないと困るからよ」
風馬「いや。男って勝手だけど、自分のことは棚に上げて、
  自分の女だと思ってるのに他の男からちょっかい出されると、
  なんだか解らんけど、嫉妬するっていうか、
  じっとしとけんったい」
星光「何それ。ほんとに身勝手よね。
  颯は、自分の都合に合わせて加保留と私を行ったり来たりしてた。
  周囲の意見やその時の状況に振り回されて、
  根底にあった自分の気持ちや現実まで見失ってる。
  打算的で、自分のメリットデメリットを考えて行動して、
  本気で好きになったら、何があってもあちこち揺らがないと思う。
  まるで不規則動詞変化男。
  恋愛学の論文が書けるわ」
風馬「不規則動詞変……んー。
  まぁ、難しいことは俺にはよくわからんけど、
  俺もそういうコロコロ変わるやつは大っ嫌いやから、
  星光の気持ちよくわかるよ。
  なぁ。そろそろさっきの俺の質問に答えろよ。
  颯があんなに激怒して掴みかかるくらい、
  一緒に飛行機に乗って東京へ行こうとするくらい、
  星光にとって親密な男なのか?」
星光「そ、それは……」
風馬「星光さ、俺には今まで何でも話してくれてたよな。
  子供のころからずっと。
  今でもそれは変わってないって、俺は思ってんだけど。
  その俺にも話せんとか?」
星光「わかった……ちゃんと話す。
  彼は北斗七星(なるとかずとし)さんって言って、
  東京に住んでるプロのカメラマンなの。
  福岡には仕事で来てて、昨日たまたま撮影で海に居て、
  潮ヶ浜の岸壁に居た私の命を救ってくれてね……」



怖いくらい真剣な風馬の視線が、
傷心している私のハートにぐっざりと突き刺さる。
これは黙っているわけにはいかないと判断して、
私は北斗さんとの出会いと経緯を話したのだ。
昨日から今までの出来事を聞いた風馬は、
またも大きな溜息をついて、空港の滑走路に目をやった。
そして……


風馬「やっぱそうやったか。
  何で死のうなんて考えるとや!
  傍に俺が居るっちゃろ!
  なるとかずとし。
  プロのカメラマンで命の恩人か……
  はぁ。こりゃまた『強敵現る』だな」
星光「……」
風馬「そんなに東京に行きたいなら、
  俺と一緒に行って向こうで暮らすか」
星光「風馬、何言ってるの!?
  風馬が居なくなったら鮮魚店どうするの。
  貴方が稼ぎ頭なのよ。
  おじさんおばさんが困るし、巻き込んだりできない。
  これは私の人生で、私が家を出て東京に行くからって、
  風馬が今あるものを捨てて一緒にいくことないんだからね」
風馬「は?お前何言ってんの。
  もうしっかり巻き込まれとるし、
  お前のことずっと惚れてるんだぞ!お、俺は」
星光「もう。風馬ったら冗談キツイよ(笑)」
風馬「これが冗談で言えることか!
  いきなりあんなさよならメールもらって、車の処分頼むなんて。
  どんな想いで車飛ばして追っかけてきたか分かってるか!?
  星光が家を出るなら、俺がついててやる。
  今日だってどうせ家には帰れないだろ?
  颯も待ち構えてるし、今頃星光の家は大騒ぎになってる。
  星光は次の住まいが見つかるまで俺の隠れ家に居ればいいし、
  後のことはすべて俺に任せとけばよか。
  東京の物件や仕事探しもせんといかんし、今日から忙しいとぞ」
星光「風馬……」



男らしく啖呵をきった風馬は再び車を走らせて、
言葉の通り、私を自分の隠れアパートに連れていったのだ。
颯に掴って強制連行されるかもしれないと怯え、
唯一の味方だった北斗さんとの辛い別れに沈んでいた私の心は、
風馬の言動に救われ、大人になった彼が頼もしく思えた。
でも、私の心の中はいつ東京に行くか、
いつ北斗さんに連絡を取るのか、そればかりが浮かぶ。
そして、私が気がかりだったことがもう一つ。
それは空港に向かう途中で北斗さんが話してくれた内容だった。
私の頭に北斗さんの声と姿が蘇る。



七星「あぁ、そのフォトブックはね、僕のお気に入りでもある。
  スターメソッドに入社して初めて出した写真集で、
  さっき話した東に編集を手伝ってもらったんだよ。
  それこそ自由になった僕の証みたいな作品かな」
星光「そうなんですね。だから何だか共感できるっていうか、
  とても見てると元気をもらえるんですね」
七星「そう言ってもらえると嬉しいよ。
  その写真集の10ページの写真がどの作品よりもいちばん印象深いかな。
  時間がある時に見てごらん。君なら何か感じるかもしれない」


写真集の10ページに、北斗さんを変えた証がある。
どんな自由になるためのキーワードが隠れているのか知りたかった。
北斗さんという人物を知る手掛かりになるのかな。
もしかしたら、北斗さんからの無言のメッセージかもしれない。




風馬のアパートに着くと、彼は一度店へ戻っていった。
窓越しに出かける彼の姿を見ながら、
彼の背中に向かって「ありがとう」と呟く。
溜息交じりに荷物をおろし、私はぺたんと畳に座り込むと、
早速バッグの中から北斗さんのフォトブックを取り出した。
急にドキドキと鳴りだす心臓の鼓動を感じながらゆっくりと10ページを開く。


(『君を訪ねて……』P10)


『君の心は何が必要だい?
今まで何を見てきたの
光の国から一筋の道を与えられながら 何故チャンスを掴まない
“生日の足日(いくひのたるひ)”
物事が生き生きとして栄え 満ち足りる日
心が躍り自然と笑顔になる それが真の幸せだと思わないか
物が豊富にあることが幸せかい?
誰かの為に自分を犠牲にして生きるのが真実かい
心の中で何度も何度も  答えの出ないパズルを解き
同じ疑問に自問自答しながら 変わらぬ日々を生きるくらいなら
一歩踏み出す勇気を持てばいい
君の目の前には輝かしい世界があるはずだ
それを欲している己が居ることも分かってるはずだ
一歩踏み出せば 君を取り巻く世界は歴然に変わる』




星光「もう。北斗さんったら。
  “生日の足日”か……。
  それが今だと教えてくれてるの?
  私に『早くおいで』って言ってくれてるの?」


再び私の心に北斗さんの存在が大きく広がって、
またも切なさが襲い涙が溢れた。
まっすぐ延びる道の写真と、
彼の無言のメッセージを何度も繰り返し見る。
今ある苦しみから逃れるには自分の足で立ち歩き、
「自ら出口を見つけるのだよ」と言ってくれてるように感じて、
フォトブックを抱え私は号泣したのだった。



(北九州。星光の自宅、旅館“大神楽”)


その頃、風馬の言う通り、私の自宅である“大神楽”では、
私が家を出たことを知って大騒ぎとなっていた。
しかも、颯が私を連れて帰らなかったことで彼は父の逆鱗に触れ、
再度連れ戻す様にひどく言われたのだ。
旅館を出ようとしていた颯の腕を引っ張り、加保留が引き留める。


加保留「颯、もういいじゃない!
  星光なんてほっときなさいよ!
  出ていった女のこと、なんでそんなに追い回すの!?」
颯 「社長命令だから。
  連れて帰らなきゃ俺の仕事に差し障る。
  それに俺も必要な女だし」
加保留「はい?意味わからないんだけど。
  なんで星光が必要な訳!?」
颯 「星光がここの娘で、俺の婚約者だからだ」
加保留「颯、聞いて!
  貴方は何も分かってない。
  星光と結婚したって、颯には何のメリットもないわよ!」
颯 「加保留、放せよ。時間がないんだ!」
加保留「颯、星光は濱生の娘じゃないわよ」
颯 「は?お前、何言ってる。
  頭でもおかしくなったか」
加保留「私は正気よ!
  私の父は、濱生勝憲(はまおかつのり)。
  私はおじさまの実の娘よ」
颯 「はぁ!?そんなバカげた嘘、誰が信じるか!」
加保留「うふっ(笑)疑うなら調べてみれば?」
颯 「……」


勝ち誇ったような薄笑みを浮かべながら颯の前で両手を広げる加保留。
颯は彼女の顔を見ながら呆然と立ちつくす。
そして旅館の裏口で、ふたりの様子を伺う陰がひとり。
その陰は携帯を握ったまま、不敵な薄笑みを浮かべていたのだった。


(続く)


この物語はフィクションです。
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