ポラリスの贈りもの
47、理想郷と不明朗地帯

どっぷり北斗さんの優しさに甘えて、彼の胸に顔をうずめていた私。
私の髪を何度も優しく撫でながら、
北斗さんはカレンさんとのキスの真相と、
この勝浦の撮影現場で働く際に注意することを話して聞かせる。
でもその注意点とは真髄から抜粋されたほんのごく一部で、
北斗さんや東さん達が頭を抱えている問題とは、
まったく比べものにならない程度。
彼らの身にそれ程までに大変な嵐が吹き荒れているなんて、
想像もできなかったのだ。
ただただ幸せな時間に顔を赤らめているだけの、
おバカで呑気で短絡的な私には。


星光「七星さん」
七星「ん?」
星光「あの時、カレンさんともキスしたんですか?」
七星「えっ(汗)このタイミングに聞くかなー」
星光「あーっ。さっきからずっと誤魔化してる」
七星「あのなぁ(笑)誤魔化してないよ。
  今から本当のことを話すから」
星光「はい。七星さんの胸、あったかい……」
七星「そうか?(微笑)」
星光「はい」
七星「星光ちゃんがあの時、
  丘で僕とカレンを見たっていうのはほんの少しの事だ」
星光「えっ……
  (ほんの少し?)」
七星「実はその前とその後があったんだよ。
  (その後が……)
  カレンは気が強いから、言い合いになったんだ。
  キスされそうになったのは事実だけど、
  彼女を突き放して丁重にお断りしたよ」
星光「ほんと?」
七星「ああ。本当だ。だから安心して」
星光「そっかぁ……よかった。
  あっ。でも、翌日から七星さんはBチームになりましたよね。
  それもカレンさんのことがキッカケなんですか?」
七星「そうだな。
  水野とカレンが撮影中に溺れたことがあって、
  神道社長も光世もかなり慎重になってるんだ。
  星光ちゃんには直接関係のないことだから内情は話せないけど、
  みんなの身の安全と、
  無事にこの撮影を終わらせる為の策だと思っててほしい」
星光「そうなんですね。
  そういうことなら私にも理解はできます。
  私、皆さんが健康的にお仕事できるようにカロリー計算して、
  喜んでもらえるお料理たくさん作りますから」
七星「ありがとう。
  でもあまり無理するなよ。
  まだ何か月もあるんだから。
  水中撮影が終わったら、
  本格的にモデルや女優が交じっての撮影が始まるんだ。
  撮影サイクルも変わるし、人数も増えて仕事量も倍増するから、
  ひとりで頑張り過ぎないで皆の力も借りながら仕事するんだよ」
星光「はい、わかりました。
  (七星さんはこんなにもみんなのことを考えて仕事をしている。
  なのに私ったら、
  カレンさんの存在に振り回されてすごく嫌な女になってた。
  これからは、七星さんが少しでも仕事しやすいように、
  できる限りのことをしてお手伝いしなきゃね。
  これからもっと頑張ろう!)
  私……七星さんのことが好きです。
  すごく好きなんです。
  苦しくなるくらい……」
七星「星光ちゃん……僕もだよ」
星光「七星さん」
  



またも北斗さんにギュっと抱きしめられ、
今度は甘く激しいkissをされて、再び体中が熱り私の頬は紅潮する。
彼の口から発せられた言葉とその事実が嬉しくて、
胸に再びギュッと顔をうずめた。
北斗さんは私の髪にkissをして撫でてくれている。
一時ふたり黙ったまま、この甘い時間に浸っていたけれど。


七星「そろそろ戻ろうか。
  根岸に車を返さないといけないし、明日も撮影だ」
星光「はい」


北斗さんは再び私に優しくkissをすると、
エンジンをかけて別荘へ車を走らせる。
こうやって北斗さんとふたりきりで話せるのは今しかないと思うと私は、
急に焦りを感じて、別荘に戻るまでここぞとばかりに質問した。
例えば?
『ツインビクトリアの初回限定盤のサントラを聞きながら、
編集作業をしているの?』とか、
『毎晩、ポイボスのクッションをぎゅっと抱きしめて寝ているの?』
なんて流石に聞けなかったけど。
運転している北斗さんは私の止めどなく出てくる質問に、
嫌な顔ひとつせずに笑顔で答えてくれてる。
でもそんな彼の頭の中では、
とっても複雑で途轍もなく恐ろしい事実が再生されていた。
それは二度と立ち戻りたくないと思うほど陰湿な不明朗地帯……



〈七星の回想シーン〉



(勝浦の海が見渡せる丘)


七星 「カレン。何の用だ」
カレン「貴方にどうしても話しておきたいことがあるの」
七星 「話ならこんなところに呼び出さなくてもできるだろ」
カレン「誰にも聞かれたくないからよ!
   こうでもしないとカズと二人きりになれないじゃない!」
七星 「はぁ(小さな溜息)まだやることもある。
   悪いが僕は別荘に戻るよ」
カレン「いやっ!まだ行かせないわ。話は終わってない」
七星 「カレン」
カレン「ごめんなさい。
   ごめんなさい(泣)私がバカだったわ」
七星 「カレン、こういうのやめないか。
   みんなのところに戻ろう」
カレン「勝手に単独行動をして、貴方に嫌な想いをさせて困らせた。
   カズ、私を見捨てたりしないで。私を助けて…お願い…」
七星 「21日、写真集の出版イベントの会見。あれはどういうことだ?」
カレン「あぁ。あれは本当よ。私がインタビューで応えたことが載ったの。
   カズと婚約してもうすぐ結婚するって。
   写真集のイベントっていうより、
   私たちの婚約会見みたいになったわね」
七星 「どうしてそんな勝手なことを!」
カレン「カズを愛してるからに決まってるでしょ!
   ずっと変わらず愛してるの。
   根岸くんのことは貴方にやきもち妬かせたくてやったこと。
   それに彼がカメラと水野さんの酸素ボンベに細工したの。
   私、脅されてしかたなく手伝ったんだけど、
   水野さんを危険な目に遭わすことにやっぱり耐えられなくて、
   だって仲間なんだもの。
   もう死んじゃいたいって思って、海の中で自分の酸素を空にした。
   事実を神道社長と東さんに話してもいいわ。
   私を信じて?」
七星 「……」
カレン「死にかけた私を人工呼吸して助けてくれたんでしょ?
   カズ!私の命を救ってくれたように根岸くんから私を守って。
   お願いよ……」

木陰に隠れる私に気がついたカレンさんは、
北斗さんを見上げながら泣いて縋り、
抱きつくとキスをしようと彼の顔に近づく。
しかし、北斗さんは彼女の唇が触れる瞬間に顔を背け拒む。


カレン「何故!?」
七星 「こんなことするために呼んだのか」
カレン「違うわ。どうして私を拒むの!?
   こんなに縋って助けてってお願いしてるのに。カズ!」
七星 「僕は君を愛してないからだ。それは前にも言ったはずだ」
カレン「駐車場で!?あれが本心ってわけ!?」
七星 「そうだ。それに、今君が言ったことを僕は信用できない」
カレン「そう。あくまでも濱生星光を愛してて、
   彼女のことなら信用できても、
   私のことは信用しないって言いたいわけね」
七星 「どうして君はいつもそういう発想になるんだ。
   星光ちゃんとこの件はまったく関係ないだろ。
   もう君に話すことはない。戻る」
カレン「(関係大アリよ。
   貴方に関わる女は全てターゲットよ)」


木陰をちらっと見てカレンさんは、
去ろうとする北斗さんの腕を掴み、
前に回り込んで行く手を阻む。


カレン「いいの!?このまま私をほったらかしたら、
   貴方の大切な濱生星光をめちゃくちゃにするわよ!」
七星 「何だって!
   自分が何を言ってるか分かってるのか!」
カレン「ええ!解って言ってるの。
   私はやるって言ったらやるわよ、絶対にね!」
七星 「なんて恐ろしいことを君は平気で言えるんだ!?
   そんな君を愛せると思うか?
   尊敬し信頼できると思うか!?」
カレン「カズが私の言うことを受け入れてくれたら、
   彼女には絶対に手を出さないわ。
   貴方は私の言うことを黙って聞き入れるだけでいいの。
   それで全てが丸く収まるのよ」
七星 「僕を脅してるのか!?」
カレン「脅してるなんて、人聞きの悪い言い方ね。
   カズが、
   それほどまでに濱生星光のことを大切で愛してるって言うなら、
   私が具の音も出ないように証明して見せてよ。
   溺れた私を人工呼吸して助けたように、
   体を張って彼女を助けてみたら?
   一度は崖から飛び降りようとした彼女を捨て身で助けたんでしょ?」
七星 「……」
カレン「そんなに難しいことをカズに要求してるかしら、私。
   それとも、あの子を若葉みたいにしたいの?」
七星 「は!?」
カレン「ああ、そっか。
   カズにとってはすぐに別れた若葉なんて本気じゃなかったわね。
   ってことは、あの子は若葉を超える存在ってこと。
   対戦相手には申し分ないけど。
   でもどんなに『好きだ』『愛してる』って言っても、
   ひとつの出来事で粉々に砕け散るんだから脆いものよ。愛なんて」
七星 「君って人は……どこまで傲慢なんだ」
カレン「私は絶対にほしいものは手に入れるって、前にも話したわよね?
   彼女をここで真面に働かせたいなら、
   この撮影が終わるまでは私の言うことを聞いてもらうから」
七星 「……分かった。条件を言えよ。
   僕が君に何をすれば、星光ちゃんに手を出さないって言うんだ」
カレン「うふっ(微笑)カズ、賢い選択だわ。
   それはね……」



まだ暗い海岸線を運転する北斗さん。
ごきげんな笑みを浮かべている助手席の私を安心した表情で見つめ、
カレンさんとの月夜の丘の出来事と、
その夜の東さんと深刻な会話を思い出しながらハンドルを握っていた。

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