ポラリスの贈りもの

光世「そうか……
  とうとう彼女から動き出したか」
七星「ああ」
光世「水野からカレンが水中カメラを操作してた事情を聞いた時は、
  まさかって自分の耳を疑ったが、
  最近のカレンはいったいどうしてしまったんだか。
  若葉の撮影事故の件にも関わってたらしいしな」
七星「若葉と話したのか」
光世「ああ。あの雑誌の記事と5年前のことが絡んでるとなると、
  彼女からも当時の話を聞かないといけなくなってな。
  七星には辛い事を思い出させるかもしれないが」
七星「ふっ。いいさ。
  もう過ぎたことで過去の出来事なんだから。
  僕は一応、カレンの言う通りに行動してみる。
  そうすれば、相手も油断してボロを出すだろ。
  光世。明日から僕をAチームからBチームに変更してくれ」
光世「それはいいが……
  七星、お前やりきる自信があるのか?
  星光さんだけじゃなく、
  流星や陽立、皆も偽っての撮影になるんだぞ」
七星「いいんだ。
  それで今回の騒ぎの張本人が尻尾を出して問題を解決できるなら。
  それに僕がカレンの傍に居れば、
  その間は星光ちゃんに危害を加えられることはない」
光世「そうだが、そのことも事実が分かるまで彼女には話せないんだぞ。
  お前がカレンの傍に居るのを見れば、
  星光さんを大きく傷つけるかもしれない」
七星「そうだな……
  でももし、それで彼女が僕の許を去ってしまったら、
  きっとそれまでの縁だったってことだ。
  今は何事もなく、
  この撮影を成功で終わらせることだけに集中するさ」
光世「そうか。分かった。
  一日も早く真相を掴んでこの厄介な問題を片付けよう」
七星「それで、今回の件に根岸は関わってたか?」
光世「出版社に写真を提供したのは事実だった。
  パーティーの画像が数枚メールで送られてきたらしいが、
  実際に記事で使用されたのは一枚。
  根岸が関わったのはそれだけで、
  車のナンバーも彼のものではなかった」
七星「そうか……
  (良かった……)」
光世「あと少しだからな。
  生が今、裏で動いてくれてる。
  流星のマンションの車が例の人物と一致したらほぼ確定するし、
  今まであった撮影の機材トラブルも、
  そいつが仕掛けたと見て間違いないから」
七星「ああ。そうだな」


根岸さんの車を運転する北斗さんは、
速度を落としゆっくり別荘の門を入っていく。
砂利道を走る車の振動に合わせて、
コンソールボックスのフックにかけてある根岸さんと夏鈴さんの写真が、
私と北斗さんを見守る様に微笑み、嬉しそうにスイングしている。
彼は車を停めエンジンを切ると、
暫くペンションの明かりをじっと見ていたけれど、
私の頭を撫でて先に別荘に入る様に促したのだった。




翌日の早朝。
私は別荘に帰っても神経は高ぶっていて一睡もできなかった。
北斗さんから今までの不安を解消してもらい、
彼の事実を知ったのもあるけれど、
何より、彼と触れ合えたことが今の私には大きかったから。
着替えて化粧を済ませると、いつもより一時間も早く一階に下りた私は、
裏口からランドリースペースに出て、洗濯機のスイッチを押す。
ふと駐車場に目をやると、
見たことのない黒く大きな高級車が止まっていた。
そして、その傍で根岸さんと男性数名が話しているのが見える。
ダブルのスーツ姿の恰幅良い中年男性が怒鳴るような声も微かに聞こえ、
その両脇にはサングラスをかけたスーツ姿の大柄男性が二人、
中年男性を守るように立っていた。
まるでSPかボディーガードのように。


いくら鈍感な私でも、
この状況が根岸さんにとって良い状況でないことくらい察しがつく。
だって、あるサスペンス映画のワンシーンの様に、
私の目には衝撃的に映っていたから。
このまま私が観察してないと、根岸さんはあの二人の強面スーツ男達に、
連れて行かれるんじゃないかと思う程の緊迫感が今まさに漂っている。


伯 「根岸。何故お前はわしに連絡をしてこない。
  毎日、ここでのことは報告をしてくるように言ってあっただろ。
  いったいどういうことだ!」
根岸「すみません。撮影中に仕事用携帯を海に落としてしまいました」
伯 「それでも自分の使ってる携帯があるだろう。
  連絡ができないわけがない。
  根岸。お前と違ってあいつは、
  わしの指示した通りに仕事をしているぞ。
  まるでわしのことだけを崇拝する忠実な下僕のようにだ」
根岸「……」
伯 「うちでいちばん切れ者のお前が、
  何故こんな簡単な仕事すらできない!」
根岸「今回の撮影に関するすべての仕事は、
  これまで同様責任を持ってやり遂げます。
  しかし。それ以外の個人的な指示には、もう従えません。
  社長のご期待に添えず、大変申し訳ありません!」
伯 「なんだと……この業界で死にかけてたお前を拾って、
  今まで特別に目かけて育ててやったのに。
  お前にとってわしは親も同然なんだぞ!
  いや、親以上だ!
  そのわしに向かって、よくもそんなことが言えるな、貴様!」
根岸「これまでの多大な恩恵には感謝しています。
  でも、それとこれとは別のことです。
  俺にはこれ以上はできません」
伯 「根岸。社長命令を聞けないと言うならお前に用はない!首だ!
  今回の指示にどうしても従えないなら、
  この撮影からも即手を引け!」
根岸「そうですか……残念です」
伯 「はぁーっ!
  根岸よ、お前ほど仕事のできる奴はそう居ない。
  一週間だけ期間をやる。
  よく考えて答えを出せ。いいな!」
根岸「……」
伯 「帰るぞ」
部下A「はい」


腹ただしさを露わにして立ち去る大きな背中に、
根岸さんは深々と頭を下げる。



星光「なんだか根岸さんの顔浮かないな。
  大丈夫かなぁ……」


遠目から根岸さんの様子を窺い按じていると、
いきなり背後から誰かが私の肩に手をかける。
私はびっくりして後ろを振り返った。
それは北斗さんで、
切羽詰った状況でも昨夜のことを思い出してしまい赤面する。
なんと不謹慎極まりないのであろうか。
彼はそんな私に優しく微笑むと落ち着かせるように話し出した。


七星「心配ないよ。
  僕が根岸と話すから、君はいつも通り仕事をしてていい」
星光「はい」


話し終わったのか、
偉そうなスーツの男性は後部座席に乗って帰っていった。
根岸さんは、車が見えなくなるまでずっと見送っていたが、
俯きタバコに火をつけて別荘へ戻ってくる。
そんな彼に、北斗さんはゆっくり近寄り呼び止めた。
ちょっと波の高いオリエンタルブルーの海を見ながら、
二人は座って話し始め、
根岸さんはタバコをふかしながら北斗さんの横顔を眺める。




(別荘の庭)



七星「根岸。昨夜はありがとう。
  お言葉に甘えて使わせてもらった。良い車だったよ」
根岸「ああ。俺のお気に入りだ。
  話せたか?星光さんと」
七星「ああ。全部は話せなかったが……」
根岸「そうか。でも話せたなら良かった」
七星「しかし、まさかこんなところまで伯社長が訪ねてくるとはな」
根岸「んーっ!
  俺はあと一週間で昴然社を首になる身だ(笑)」
七星「首!?」
根岸「毎日の報告を怠ったからな」
七星「毎日か」
根岸「そう。毎日。
  ここでの撮影のエピソードやどんな指示が出ていたかってね。
  あんまりしつこくてウザいから、
  今回社から渡された専用携帯を海に投げ捨ててやった」
七星「はぁ。お前って遣ること大胆すぎだよ。
  まぁ。あの社長が上司なら、
  僕も同じことをするかもしれないが(笑)」
根岸「伯社長への連絡は、
  あの海での事故から途絶えたままだったからな。
  俺は狸おやじの逆鱗に触れたってわけさ。
  七星さん、あと一週間で俺はここでの撮影もできなくなる。
  だから今のうちにこき使ってくれよな」
七星「根岸。もし昴然社を解雇されても、
  ここの撮影を続けられるように、
  僕が神道社長に掛け合うから心配するな」
根岸「ふっ(微笑)そんなことしていいのか?
  俺は過去に一度、スターメソッドの面接を落とされた人間だぞ」
七星「それはいつの話だ(笑)
  今のお前はベテランだろ?
  それに今は僕以上にみんなを助けてくれてる。
  それを聞いて雇わない社長じゃない、神道社長は」
根岸「でも。その気持ちだけありがたく受け取っておくよ。
  これで昴然社を辞めたら、名前も本名に戻して一から始めるさ。
  実は独立して小さな写真館でもやろうかと思ってる。
  夏鈴と二人で……」
七星「彼女とか」
根岸「ああ。
  また昔みたいに星や鳥を追いかける生活もいいって思って。
  俺の理想郷なんだ。愛する女の横で愛するカメラを構えて生きる。
  ちょっと格好つけすぎたか(笑)」
七星「いいな、その理想郷。僕もそうなれたらいいと思うよ。
  しかし、それはそれ。二刀流でやればいいじゃないか。
  もっと僕らと一緒に良い作品を作っていけばいい」
根岸「ん?えらく熱烈なアプローチだな。
  一瞬落とされそうになった(笑)
  その調子で昨夜も彼女に想いを語ってきたんだろうな」
七星「ちゃかすなよ」
二人「あはははははっ(笑)」
根岸「これからもカレンから目を離すなよ」
七星「ああ」
根岸「昨夜も話したが、水中撮影の最終日がいちばん危険だ。
  黒幕登場のカウントダウンがもうすぐ始まる」
七星「根岸、お前は大丈夫か?危険はないだろうな」
根岸「一度死んだ男は意外に強いもんでさ、
  自分の身を守る術も身につけてるから大丈夫だ」
七星「今夜、光世と話す。その時、お前も居てくれないか」
流星「二人で朝早くからコソコソと。
  お前らいつからできてたんだ?」


北斗さんと根岸さんはその声に振り返る。
そこには話を聞いていた流星さんが立っていて、二人に歩み寄った。
流星さんも私と同じで、
別の場所から北斗さんと根岸さんを見守っていたのだ。


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