ポラリスの贈りもの

(別荘、リビング)

私はゆっくり起き上がりジャケットを羽織って部屋を出る。
足音を立てずにゆっくり階段を下りると、
リビングは間接照明の優しい明りが灯っていたが、
そこには誰も居なかった。
柔らかな明かりに照らされたリビングから私は機材室に向かい、
ドアノブの手をかけてゆっくり右に回すとガチャッと音がする。


星光「(えっ!?カギが開いてる!?)」


私は一度締めてドアノブから手を放した。
開ける前にキッチンへ向かい、置いてあったモップを取ると、
左手でしっかり握り、また機材室の前まで戻って静かにドアを開けたのだ。
分厚い白木の扉の向こうに、何が待ち受けているかも知らずに。


私の心臓はバクバクと、すごい速さで脈打っていた。
ドアから漏れるリビングの柔らかい明りが、真っ暗な機材室を照らす。
しかし、奥のほうは暗くて何があるのかわからず、
モップを持ち替えた私は左手で壁に触れて部屋のスイッチを捜した。
でも、スイッチらしきものがない。
仕方なくそのまま壁に触れながら部屋の奥へ少しずつ進む。
そしてカメラの保管庫をみようと目を細めた時、
足先に何か固いものが当たったのだ。


星光「きゃっ。何!?……これは、何……」


私はゆっくりしゃがんで、足先の固いものを右手で掴んだ。
それは!

星光「カメラのレンズ!?」


そして少しだけ慣れた目で周辺のフローリングを見る。
すると数台のカメラやレンズ、割れたガラスが散乱していて、
素人目にもそれらが壊されていると分かったのだ。


星光「ひどい……
  (私の予感は虫の知らせだった!?)
  大変!七星さんに知らせなきゃ!」

私は北斗さんにこの一大事を知らせようと立ち上がり、
レンズを握りしめたまま開いているドアへ向かおうとした。
その時私の前に、
大きな黒い影がふぁっと被さるように襲い掛かってくる。
私は反射的に持っていたモップを振り回した。
モップの枝はその黒い影にヒットしたものの、
枝を握られた瞬間にすごい力で引っ張られた私は、
その場に倒されてしまった。
倒れ込むときに何かで横腹を打った私は一時動けず、
痛みと恐怖で声を上げることもできない。
その影は私を跨ぐ様に飛び越え、
開いているドアから外へ逃げていった。
一瞬だけど、その人物がかけている眼鏡のレンズが、
リビングの明りを捉え光ったのが見えただけで、
顔までは確認できなかった。
でも、襲ってきた人物が大柄の男性だったのだけは間違いない。
私は横腹を押え痛みを堪えながら這ってリビングへ向かった。
リビングが見渡せるところまで、
何とか出てこれた私の視界に入ってきたのは、
玄関からリビングに入ってきた根岸さんだった。


星光「ね、根岸さん!」
根岸「えっ!?」

彼はいきなり聞こえた私の声にびくっとしていたが、
きょろきょろとキッチンや階段を見渡した後、
機材室のドアが開いているのに気づく。
そしてやっと蹲る私を見つけてくれたのだ。
その姿を見てただ事じゃないと悟った彼は、
手に持っていた袋をテーブルに置くと私に駆け寄った。

根岸「星光さん!?大丈夫か!?」
星光「根岸さん、カメラが大変なんです!」
根岸「カメラ?怪我してるのか!?何があった!?」
星光「カメラが壊されてて。
  七星さんと東さんに知らせて!?」
根岸「えっ!?」

根岸さんは私をお姫様抱っこしてソファーまで連れて行ったあと、
機材室に向かい照明をつけた。
そこにあった光景は根岸さんが夕方みた部屋とは全く違っていて、
彼は一時の間言葉を失い、じっとその凄惨な部屋を見ていたけれど、
すぐ私の許へやってくると座り込んだ。

根岸「大丈夫か!?誰かに襲われたのか!?」
星光「私は大丈夫です。でもカメラが……」
根岸「星光さん(星光の手を握る)何があったか話してくれるかな」
星光「私……いろいろ考えてたら眠れなくなって、
  そのうちカメラが気になって。
  リビングに下りて機材室に行ったら、
  部屋のカギが開いてたんです。
  それで中に入ったら、誰かが居てカメラやレンズが散ばってて、
  暗くて誰だったのか見えなかったけど、
  たぶん眼鏡をかけてたと思うんです。
  私がもっと早く下りてたら、止められたかもしれないのに。
  ごめんなさい……」
根岸「よしよし。恐かっただろう?
  よく頑張ったね。
  すぐ七星さんを呼んでくる。
  ちょっと待ってて」
星光「根岸さん」
根岸「大丈夫。何も心配いらないから」


動揺し震える私を優しく気遣う根岸さん。
そこへ悪い事態が拍車をかける。
根岸さんが私の頭を撫でながら宥めていると、
カレンさんがリビング入ってきた。
彼女は私と根岸さんを見るなり驚き、険しい顔でじっと見つめた。


カレン「まったく!
   貴方たちこんなところでこそこそと何をやってるの!?
   ランデブーするならもっと人目のないところでしてよね!
   それにしても、濱生さん。
   貴女、大人しそうな顔してやってくれるわねー
   カズの次は根岸くんなの?(笑)」
星光 「……」
根岸 「おい。こんな時間に何しに来たんだ」
カレン「眠れないからカメラのメンテしようと思ってきただけよ。
   それに私はここの社員よ。
   出向で来ている貴方に偉そうに言われたくないわ。
   それとも何?
   私がここに来たらまずい理由でもあるの!?」

カレンさんは私と根岸さんに嫌味を言いながら、
スタスタと機材室に向かって歩き出し、
ドアの開いている機材室に入っていった。


星光 「あっ。根岸さん!カレンさんが」
根岸 「ああ。分かってる」
星光 「……」
カレン「何!?この部屋!
   ち、ちょっと!何なのこれは!
   カズ!起きてる!?
   大変よ!カズ!東さんは居る!?」

カレンさんは大声で北斗さんの名前を叫びながら、
二階へ駆け上がっていったのだ。
根岸さんは何かに気がついたようにじっと階段を見つめる。
そのうち二階から皆が下りてきて、
東さんと流星さんが慌てて機材室へ行った。
北斗さんは根岸さんの表情と、
ソファーに寝そべっている私を見て何かを悟っていたようで、
彼も皆と同様に機材室へ入っていった。

流星 「なんだこれ……どうして!
   どうしてこんなことになってるんだ!?」
カレン「あの子よ!見てよ、ここにモップがあるわ!
   あの子と根岸くんが私たちを困らせる為にこんなひどい事したのよ!
   あのふたり、私が来た時にはリビングに居たんだもの。
   こんなひどい状態になってるのに、
   私が来るまで誰も呼びに行かないなんておかしいじゃない!」


機材室に響く流星さんの嘆きにも似た叫び声と、
カレンさんの甲高く私を罵る声に私は涙と共に目を瞑る。
騒がしい声が気になったのか、
外に居た浮城さんもリビングに入ってきた。


浮城 「おい、根岸。何かあったのか」
根岸 「ああ。自分の目で確かめるみるか?」
浮城 「えっ。機材室?もしかして!」
根岸 「そうか。そういうことだったか」
星光 「根岸さん」
根岸 「俺たちを嵌めるために来たんだ、あいつ」
星光 「えっ」


動揺した浮城さんは足早に機械室へ入る。
私はその時に根岸さんが言った意味がよくわからなかった。
でも、翌日その言葉に、
どれだけの意味が込められていたのか知ることになる。
私は東さんと北斗さんから状況を聞かれ、
すぐ部屋へ戻るように指示された。
そんな私の様子を根岸さんは気にかけるように見つめてる。
苺さんに付き添われ二階へ上がった後も、
皆の慌ただしい空気や落胆は私の心にまで伝わっていたのだった。

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