ポラリスの贈りもの
48、愛と憎悪のトラップ

私はゆっくり起き上がりジャケットを羽織って部屋を出る。
足音を立てずにゆっくり階段を下りると、
リビングは間接照明の優しい明りが灯っていたが、
そこには誰も居なかった。
しかし同時刻、別荘の外にはある人物がいたのだ。



(別荘のランドリースペース)


私と同じようになかなか眠れず、
部屋を出て外に居たのは浮城さんだった。
彼はランドリースペース横にあるベンチに座って、
ズラッと並ぶ駐車場の車を眺めながらタバコをふかしている。
ふーっと重い溜息交じりに空へ散らばる白い煙。
彼は目を瞑り、あることを思い出していた。
それは……



〈浮城の回想シーン〉



夏鈴「浮城さん」
浮城「来てたのか」
夏鈴「あの、こんなことになってごめんなさい」
浮城「ふっ……第一声がそれなんだ」
夏鈴「どうしても浮城さんと話さなきゃって思ってきたの。
  せっかく誘ってもらったのに、本当にごめんなさい」
浮城「はーっ!いつから?根岸とは」
夏鈴「8年前から」
浮城「8年!?」
夏鈴「でも、4年前に別れてからずっと逢ってなかった。
  私が知ってる彼は、名前も“根岸”じゃなかったし、
  彼がどうしてるかなんて知らなかった。
  別れてからはまったく連絡も取り合ってなかったの。
  だからここで再会して、
  心臓が止まるんじゃないかって思うくらい驚いた」
浮城「8年前か。
  俺があのとき君に言ったこと、図星だったんだな」
夏鈴「あのとき?」
浮城「君の会社の事務所で、
  『おちゃらけた女好きのカメラマンなんかに興味ない』って、
  俺にえらく突っかかってきただろ」
夏鈴「あぁ……」
浮城「まぁ。なんとなく分かってたけど、
  カメラマンに偏見か恨みでもあるか、
  それとも昔の男がカメラマンで、
  辛い想いでもしたのかなんて想像はできてたよ。
  それが根岸だったとはね。
  人生ってのは皮肉なもんだ」
夏鈴「でも私……
  浮城さんと神社の写真展で逢って、
  貴方に気持ちを言われてもっと気になってた。
  お誘いを受けてここへ来たのだって、
  浮城さんに逢うためにきたのよ」
浮城「そこに根岸が登場して、
  俺よりあいつのほうが好きだって再認識したわけだ」
夏鈴「私は、浮城さんにどんどん魅かれてた。
  だからその気持ちだけは分かってほしくて……」
浮城「そういう思わせぶりな言い方やめてくれないか」
夏鈴「……」
浮城「君は俺に魅かれてたんじゃない。
  俺は根岸と同じカメラマンだから。
  俺がカメラを持つ姿にあいつの姿を投影してただけで、
  本気で俺を見てたわけじゃない。ただそれだけだ。
  今でも根岸を愛してるんだろ?」
夏鈴「浮城さん……」
浮城「俺は夏鈴さんを責めてるんじゃない。
  根岸を愛してるならそれは仕方がない。
  どうして誘った時に、
  そのことを言ってくれなかったんだ?
  俺に突っかかってもどかしい感情をぶつける前に、
  正直に言ってくれればよかったんだ」
夏鈴「本当に、ごめんなさい……」
浮城「君に恨みはない。
  もう俺のことは気にしなくていい。
  根岸と仲良くな。
  今度はうまくやれよ」
夏鈴「浮城さん……」
  

通り過ぎる根岸はそこに誰もいないかのように、
二人の傍を通り過ぎ、別荘へ向かう。
夏鈴さんはぽたぽたと涙を流しながら深々と頭を下げている。
根岸さんの存在を意識しながらも浮城さんは、
泣きながら謝罪する彼女の姿を無言で見つめていた。



浮城「はーっ。
  何をやってるんだか。俺は……
  ん?こんな時間に誰だ……ランクル?
  あっ、根岸か。またおデートですか」

海岸線を走る車のヘッドライトをじっと観察し、
外出先から戻ってきた根岸さんの車をじっと見ながらタバコを吹かす浮城さん。
そして、車を停めて別荘へ近づいてきた根岸さんは、
ベンチに座っている浮城さんに気がつくと軽く会釈をした。
根岸さんの手には明らかに、
プレゼントだと思われる大きなリボンのついた紙袋を持っている。


浮城「根岸。デート帰りか?」
根岸「えっ。あっ。まぁ……」
浮城「そっか。
  (やっぱりそうか)
  今度は彼女と仲良くな」
根岸「浮城さん」
浮城「お疲れさん」
根岸「お疲れ様です」

根岸さんは、手をあげて挨拶をした浮城さんに一礼して、
申し訳なさそうに玄関のほうへ向かっていった。
しかしすぐ、浮城さんの耳に砂利を踏むような音が聞こえて、
人の気配のする駐車場に目を向ける。

浮城「ん?あれはカレン?
  あいつ……こんな夜遅くに駐車場で何をやってるんだ?
  カレンの車はここにはないだろ……
  根岸の車から下りてきたわけじゃなかったしな」


カレンさんはワンボックスカーに凭れて、
じっと携帯の画面を見ている。
浮城さんはタバコを消して息を潜め、
そんな不可解な彼女の姿をじっと観察していた。

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