ポラリスの贈りもの

〈浮城の回想シーン〉


(別荘の駐車場)


浮城「根岸。デート帰りか?」
根岸「えっ。あっ、まぁ……」
浮城「そっか。
  (やっぱりそうか)
  今度は彼女と仲良くな」
根岸「浮城さん……」
浮城「お疲れさん」
根岸「お疲れ様です」


手をあげて挨拶をした浮城さんに、
根岸さんは一礼して玄関のほうへ向かっていった。
じっと彼の後姿を見送っていたが、
その直後砂利の音が聞こえて、
浮城さんは人の気配のする駐車場に目を向ける。


浮城「ん?あれはカレン?
  あいつ……こんな夜遅くに駐車場で何をやってるんだ?
  カレンの車はここにはないだろ……
  根岸の車から下りてきたわけじゃなかったしな」


浮城さんはタバコを消して息を潜め、
そんな不可解な彼女の姿をじっと観察していた。
ワンボックスカーに凭れ、
携帯をいじるカレンさんに近寄る男性の黒い影。
その姿に違和感を覚えた浮城さんは、
ふたりの会話が聞こえる位置まで身をかがめながら近づく。


カレン「遅いじゃない。
   随分時間がかかったのね」
男性 「予想外の邪魔が入った」
カレン「えっ!?それ誰!?
   まさかカズじゃないわよね」
男性 「女だ。名前はなんて言ったか」
カレン「もしかして、濱生星光!?
   さっき根岸くんも帰ってきたけど、
   彼に姿を見られてないでしょうね」
男性 「根岸は大丈夫だ。
   でもあの女に見られた。
   それに、怪我させたかもしれない」
カレン「もう。何やってるの!?
   こんな簡単なこともできないなんて。
   200万も渡してるんだから、ヘマなんかしないでよね」


浮城 「(200万!?……
   カレン、お前!何をやってんだ!?)」


男性 「200万なんて大金、もういらない」
カレン「なんなの?」
男性 「これを神道社長に渡そうと思う」
カレン「何!?ちょっと血迷ったこと言わないでよ!」
男性 「俺は降りる。あんたのカメラを入れて5台。
   とにかく言われた指示はこなしたぞ。
   これ以上はキャリアを潰すようなマネしたくないからな。
   俺は犯罪者にはなりたくない」
カレン「じゃあ。それ、返して」
男性 「ほら。確かに返したからな。
   このことは金の有無に関わらず、神道社長に話すからな」
カレン「はーっ!そう……わかったわ。
   貴方も役立たずだったってことね。
   今、濱生星光と根岸くんはリビングに居るのね」
男性 「根岸は分からない。
   でも俺が出る時、あの女は機材室に居た」
カレン「そう(笑) 私が止めを刺すわ」
男性 「止めって、まさか」
カレン「もう貴方には関係ないわよ。
   いいから私の前から消えてちょうだい」
男性 「……」

一切の反論を許さないような強い口調で一蹴すると、
男性は腕を抑えながら重い足取りで門へ向かった。
根岸さんに引き続き、
頼りにしていた最後の仲間からも、
見放される形となったカレンさん。
その鋭く苛烈な瞳からは怒りが滲み出していて、
男性の後ろ姿を刺すように睨み付けているのだ。
そして、そんなカレンさんを、
浮城さんは心配そうな顔で見守っていたのだった。





浮城さんはカレンさんを力強く抱きしめたまま、
声を殺して泣いていた。
彼女も張りつめていたものが一気に切れたように泣き崩れる。


七星 「(陽立、お前……)」


そんな彼の震える肩を見つめると、
私までもらい泣きしてしまった。
苺さんも私と同じ気持ちだったのか、
ふたりの抱き合う姿を見守るように見つめて泣いている。
彼らと同じ会社で働いてきた仲間だから、
その思いは私よりずっと強いはず。


そこへ険しい顔の神道社長がやってきた。
彼はリビングの入口手前で、
このやりとりをじっと静観していたようで、
社長の表情から皆の顔は強張り、
またもその場の空気は緊張感に包まれる。
浮城さんは抱きしめていたカレンさんから放れ、
慌てて涙を拭った。


東  「生。聞いてたのか」
神道 「ああ。大体はな。光世、あの記録は確認したか」
東  「ああ。すべて撮れてた」
神道 「そうか。カレン。俺と二階の光世の部屋に来てくれ」
カレン「はい……」
神道 「他のみんなはそれぞれの作業をやってくれ。
   七星、みんなのこと頼むぞ」
七星 「はい」


神道社長は冷静に指示を言い渡すと、階段を登って二階へ行く。
東さんに連れ添われながらその後をついていくカレンさん。
三人の姿が見えなくなると、
みんな安堵の表情に変わり溜息を漏らした。





俯く浮城さんに北斗さんは声をかけ、
ふたりはポーチに向かった。
彼がカレンさんに取った突然の行動に、
北斗さんは内心驚きつつも、元気のない様子を気遣う。
一方、浮城さんは皆の前でカレンさんを抱きしめ告白し、
あまつさえ涙まで見せてしまいバツが悪い。
しばらくは黙り込んでいた浮城さんだけど、
北斗さんの優しい言葉を受けて重い口を開いた。


七星「陽立、大丈夫か」
浮城「ああ。カズは知ってたのか。カレンのこと」
七星「ああ。光世から話を聞いて」
浮城「ふっ。そっか。
  まったく、水臭いよな。お前も東さんも。
  俺たち、仲間だよな。どうしてこうなるまで黙ってた」
七星「神道社長から事実が分かるまで、
  口外するなと止められてたんだ。
  スタッフの多くが知れば知る程、証拠も消されるからと」
浮城「それにしても、俺にまで言わないっていうのはないだろ」
七星「お前に言わなかったのは根岸とのことがあったからだ。
  最近のお前は冷静になれる状態じゃなかったからな」
浮城「……」
七星「なぁ、陽立。お前、どうしてカレンを……
  僕は、夏鈴さんに想いを寄せてるとばかり思ってたが」
浮城「あぁ。そうだな。夏鈴ちゃんは一目惚れだった。
  彼女の笑顔や俺に食ってかかる必死な姿に魅かれてた。
  彼女が俺に文句を言えば言う程、
  俺の心は何故か救われていたからな」
七星「ん?どういう意味だ」
浮城「俺も、5年前のお前と同じように、
  自分を見失いかけてたんだ。
  そんな風には見えなかっただろうけど、
  ずっとお前に惚れてるカレンを想い続けることに、
  空しさみたいなものが襲っててさ」
七星「……」
浮城「何年も片思いして彼女のお膳立てをしていると、
  何のために俺は居るんだって思う時があった。
  俺は仕事でも日常でも、
  カズを追い越すことは無理だって思ってたからな。
  だからカレンのことも諦めようと思ったし、
  お前に対してはいつも尊敬と信頼を抱いてるから。
  俺は……」
七星「陽立」
浮城「さっきカズが言った通り、
  根岸に対しては冷静さにかけてた。
  恥ずかしい話だけど、今のカレンの姿は俺そのものでさ。
  カレンが星光ちゃんに抱く嫉妬心や劣等感を、
  俺も根岸に抱いてた。
  だからカレンの足掻く姿が、
  自分の姿とシンクロして愛おしく感じてさ」
七星「そうか……すまなかった。
  お前がそんな思いをしてたなんて気づけなかった」
浮城「よせよ(笑)これは俺の心の問題だ。
  カズは何も悪いことはしてない」
七星「そうだろうか。
  僕のやり方が誰かを知らぬ間に傷つけているかもしれない」
浮城「そう言うなら、ひとつ教えてやるよ。
  星光ちゃんのこと、もっと大事にしてやったらどうだ」
七星「なんだよ、いきなり(笑)」
浮城「カズは知ってるか?
  あの子、ここに来てからずっと、
  俺たちひとりひとりの健康管理帳つけてるって」
七星「えっ」  
浮城「みんながどれだけ何を食べ、どんな健康状態で仕事してるか。
  しかもカロリー計算まできっちりしてて。
  それに合わせて、
  俺たちに出す食事の量やバランスまで考えて料理作ってるんだぞ」
七星「それは知らなかった。
  陽立は彼女がそういうことしてるって、どうやって知ったんだ?」
浮城「ん?あぁ、流星から聞いたんだ。
  いつも遅くまでダイニングテーブルに座って書いてるって。
  あの子は俺たちをしっかり見てるってことだ」
七星「そうか。彼女がそんなことを……」
浮城「あんなしっかりした参謀役は居ないぞ。
  まぁ、お前が性格的に、
  人前ではデレデレできないっていうのは解るけど、
  仕事だからってあしらったり、クールに振る舞うんじゃなくて、
  たまにはもっと、彼女のこと真剣に見てやれよな」
七星「陽立……わかった。教えてくれてありがとうな」
浮城「おお」

いつもの浮城さんらしい陽気な返事を聞き、
北斗さんも安堵の表情を見せている。
普段は面白くムードメーカーでもある彼が、
いつも心の奥に抱えていたカレンさんへの想い。
そんな彼だからこそ、カレンさんの心の叫びを理解して、
痛みや孤独をも共感できたのかもしれない。
私はそんなカレンさんをどこか羨ましく感じていた。


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