ポラリスの贈りもの

神道「身分相応か……わかった。
  君が辞めたいと言うなら退職願いを受理しよう」
東 「生。本当に彼女を辞めさせるつもりか!?」
神道「ああ。ただし、条件はある。
  君の手でカレンを改心させられるなら、
  君を解雇してカレンを戻す」
星光「えっ」
東 「何を言ってるんだ!
  星光ちゃんに何をさせる気なんだ!?」
神道「それはな」


コンコン!(ドアのノック音)


東  「こんな時間に誰だ?」
神道 「おお。いいタイミングで来たか。
   入っていいぞ!」
女性の声「失礼します」




ドアがゆっくり開いて入ってきたのは、
髪をショートヘアにしたカレンさんだった。
彼女は下を向いて一礼した後ゆっくり顔を上げる。
しかし、私の姿を見るなり驚いた顔で硬直してしまったのだ。


神道 「カレン。
   そんなところに立ってないでここへ座れ」
カレン「は、はい」


彼女が近づいてソファーに腰かけた途端、
私の身体にも一気に緊張が走り、全身に力が入る。


神道 「カレン。お前に再起のチャンスをやる。
   1か月間である仕事を完成させろ」
カレン「えっ!?」
神道 「急遽入った旅行代理店のパンフレットの仕事だ。
   本来なら陽立の仕事だが、
   あいつを勝浦の現場から外すわけにはいかない。
   だから明日から二週間、
   陽立の代わりに京都へ行って舞妓と寺を撮影してこい。
   アシスタントはここにいる星光さん。
   二人で京都で仕事をしてくるんだ」
カレン「社長。
   彼女は撮影のことなんて何も知らないんです。
   撮影なら一人で行けます」
神道 「お前。まだ自分の立場を分かってないんだな。
   今までのように仕事を選べる立場じゃなくなったんだぞ。
   この仕事で得た報酬は、
   お前が壊した仲間のカメラの代償分だ。
   もちろん、お前には奉仕活動として無報酬でやってもらう。
   星光さんの世話もそうだ」
東  「(生はいったい何を考えてるんだ。
   この二人を一緒にさせるなんて無謀な)」
神道 「それができないなら、即ここを辞めてもらう。
   今回の騒ぎに関しては君のご両親にも話したうえで、
   しかるべき法的手段も取らせてもらうつもりだ」
カレン「そ、そんな……」
神道 「君は仲間を裏切っただけでなく、
   人の命まで危険にさらした。
   これは当然の処分だぞ。
   それを取り下げて君に最後のチャンスをやると言ってるんだ」
カレン「はい」
神道 「星光さん。
   さっき君に言った条件とはこういうことだから、
   今夜荷造りして、
   明日夕方の新幹線でふたりで京都へ行ってくれ。
   君にはカレンの仕事のアシストをしてもらう」
星光 「えっ……」




神道社長の条件は私の想像を完全に超えていて、
泣き叫んでお断りすべきなのか、
それとも「私が間違っていました」と願いを取り下げて、
現場へ戻るべきなのかさえ、判断ができないほど動揺を与えた。


神道 「この封筒に仕事の詳細書類が入ってるから、
   しっかり目を通しておくように。
   それから二人の宿泊旅館はもう用意してある。
   旅費と切符は星光さんに預けるから彼女を必ず連れて行け。
   明日12時、カメラとPCを持ってもう一度事務所に来い。
   いいな」
カレン「はい。分かりました」
神道 「よし、話は以上だ。カレンは帰っていいぞ」
カレン「はい。失礼します」


カレンさんは反論することなく深々と頭を下げると、
ドアへ向かい出ていった。
今まで見たことのない彼女の弱々しい姿に、
神道社長の威厳を改めて感じ、
彼女が去っても私にはまだ緊張感は広がっている。


星光 「あの、神道社長。
   私にカレンさんのアシストなんてできません。
   カメラのことなんてまったく解らないし、
   何をしていいかも……」
神道 「カメラや撮影のことは解らなくても、
   君は仲間やカメラの重みを知ってる。
   アシスタントの簡単な作業テキストは渡すが、
   読んでも分からない時はカレンの指示を仰げ。
   さっき私に言った言葉、
   自分の手で現実にして私を納得させてみろ。
   カレンを改心させられるのかどうか。
   もしそれができたら君の願いを受理しよう」
星光 「は、はい……
   (私がカレンさんを改心させるなんてできっこない。
   まずカレンさんが私の言うことを聞くわけがない。
   社長はそれを見抜いてわざと無理な条件を言ってるのかしら)」
神道 「光世。彼女に経費と仕事の書類を渡してやってくれ。
   俺のデスクの上に必要なものは用意してある」
東  「あ、ああ」
神道 「それからこのことは七星や流星はもちろん、
   現場の誰にも言うなよ。
   もちろん苺にも」
東  「しかし、それでは皆が納得しない。
   それでなくても七星は冷静ではいられなくなる。
   撮影に支障がでたらどうするんだ」
神道 「聞かれたときは、俺が解雇したとでも言っとけ。
   あいつはそんな柔な男か?
   勝浦でお遊びキャンプしてるんじゃないんだぞ!
   とにかく撮影が無事終わるまで何も言うな。
   これは命令だ」
東  「わ、わかった。
   でも彼女はどうすればいい。
   そうなると勝浦には帰せない」
神道 「星光さん。
   今夜は近くでホテルを取るからそこで休めばいい。
   いいかな?」
星光 「はい。ありがとうございます」


東さんから京都での仕事書類と旅の経費、
仕事用の携帯を渡された私は、
ビジネスホテルへと向かう。
車の中で東さんは、頻りに北斗さんとのことを気にかけていて、
彼への伝言はないかと何度も聞いてきた。
私はそんな東さんに感謝しつつ、何もないと答えたのだ。
ホテルに着くとすぐ、夏鈴さんへ電話した。
しかし彼女から最初に聞かされたのは、
根岸さんから連絡があって、私が居なくなったことで、
勝浦では大変になっているという辛い現実だった。




その千葉勝浦の現場では、
居なくなった私を皆が捜して大騒ぎになっていた。
二手に分かれ、風馬と浮城さんたちは海の方へ向かう。


風馬「あのバカ!何処へ行ったんだ。
   これじゃ、福岡に帰れないじゃないか!」
田所「塩田さん、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
浮城「とにかくもっと海を捜そう」


北斗さんは、流星さんと根岸さんと共に崖まで探していた。
ここは北斗さんが根岸さんのランクルで連れていってくれた丘。
彼は何度も私に連絡をしていたが、
電源を切っている携帯に繋がるわけもなく、落胆の溜息をもらす。
そして根岸さんの言葉で焦りの表情へと変わり、
追い詰められた心境が焦燥感を招いていた。


根岸「夏鈴に聞いてみたが、彼女から連絡はないそうだ。
  今までの話でも、そんなことは言ってなかったらしい。
  もし連絡があったら詳しいことを聞き出して、
  連絡くれって言っといたから」
七星「そうか。ありがとう、根岸」
根岸「ああ。まさかカレンが絡んでるってことか?」
七星「カレンは謹慎処分で、ここへは出入り禁止になった。
  そうなると何もできないはずだ」
根岸「そうだな」
流星「この間……
  星光ちゃんが機材室でひとり、
  兄貴のカメラをじっと眺めてた時、
  彼女と約束したんだ。
  ひとりで抱えるな。そして逃げるなって。
  『何が起きても、兄貴からも俺たちからもこの撮影現場からも。
  それが星光ちゃんにとってすごく辛い事でもだ。
  何があっても、二度と断崖絶壁には立つなよ』ってさ」
七星「そうだったか…」
流星「ああ。だから…
  この断崖絶壁から飛び降りるような、
  バカな真似はしないと思うけどな」
七星「僕もそうだと思いたい…。
  こんなに探してもいないとなると、
  事件に巻き込まれた可能性もある。
  光世に連絡して、
  場合によっては捜索願いを出すしかないな」
流星「そうだな」
根岸「彼女の部屋は?荷物や貴重品は確認したのか?」
七星「まだしてない。よし!別荘へ戻って確認しよう!」


三人は流星さんの車に戻り、別荘へ急いで戻った。
駐車場に着くと、別荘から走ってくる苺さんの姿が目に留まる。
北斗さんたちは慌てて車から降りると、
叫びながら走ってくる苺さんの許へ駆け寄った。


村田「七星さん!キラさんの荷物がないの!
  置手紙があって彼女はここを出ていったみたい」
七星「えっ!?」
流星「出て行ったってどういうことだよ!」


苺さんから渡された手紙を三人は食い入るように見た。
読み終わると北斗さんは崩れ落ちるように跪き、
ひどく垂れて微動だにしない。 


七星「星光。なぜ僕に黙って居なくなるんだ……」
流星「兄貴」
根岸「七星さん」
 


5年前に起きた悲劇の再来。
それは私の知らない北斗さんの過去の恋。
スターメソッドのモデルで、
皆から公認だった北斗さんの婚約者、奥園若葉さん。
結婚秒読みだった幸せな時間をカレンさんから打ち砕かれ、
心身傷を負った彼女は、北斗さんに何も告げず黙って去ってしまった。
彼が自分を見失うほどのダメージを受けた悲劇だった。
私が居なくなった事実は、
過去北斗さんを襲ったと同様に絶望と喪失感を残し、
舌は硬ばり口をきくこともできないほど。
そんな北斗さんを流星さん、根岸さんが支え、
苺さんは肩を震わせながら声を殺して泣いている北斗さんを見つめ、
大粒の涙を流していたのだった。 

(続く)



この物語はフィクションです。
< 81 / 121 >

この作品をシェア

pagetop