ポラリスの贈りもの

(星光の置手紙)

 
『苺さん。手紙だけで黙って出ていく私をお許しくださいね。
 今回のカレンさんとの騒ぎ、
 本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした。
 そして、皆さんのカメラのことも大変申し訳ありません。
 カレンさんが撮影に来なくなって、
 今日で臨時の方たちが帰っていくという現状、
 自分だけが変わらず仕事を続けることに、
 どうしても罪悪感が拭えず苦しい私がいます。
 仕事をいきなり放棄した上に、黙って去ってしまうことは、
 恩を仇で返すようなことになるだけでなく、
 苺さんを始め、七星さんたちにも多大にご迷惑をかけてしまう。
 重々分かってはいますが、はやりこの重圧にもう耐えられなくて。
 なので、皆さんに何も告げずに出ていくことにしたのです。
 今の私ができる最後の仕事として、
 私のレシピノートを苺さんにお渡しします。
 食事のレシピは、
 撮影が終わる来年3月末までのメニューを書いていますので、
 お手数おかけしますが、皆さんの食事のこと宜しくお願い致します。
 苺さんや流星さん、根岸さんに浮城さん、神道社長に東さん、
 スターメソッドのスタッフ皆さん、
 至らない私に本当に良くしてくださいました。
 それがとても嬉しくて、孤独だった私は心から救われました。
 そして七星さん。本当に心から大切な人でした。
 なのに私がここに居ることで、どんどん彼を苦しめてしまう。
 大好きな彼の辛そうな顔をこれ以上みたくないのが本心です。
 七星さんの顔を見てしまったら、
 また決心が鈍ってしまいそうなので行きます。
 苺さん、本当にごめんなさい。そしてありがとう。
 田所くんとの恋、うまくいくことを心から祈っています。 
                      濱生星光』




私が居なくなった夜の勝浦。
北斗さんたちはというと、
帰り支度を終えた臨時のカメラマンは、ひとりひとりと家路につく。
撮影終了後、昴然社の伯社長から連絡のあった根岸さんは、
社長の再三の申し出を断ったことで、昴然社を辞めさせられた。
そんな慌ただしく人の出入りがある中、
根岸さん、風馬、田所くんはまだ帰らず別荘にいた。
それは多大に私の失踪騒動があったからで、
田所くんは苺さんの傍で彼女を気遣い、
根岸さんは項垂れる北斗さんを気遣う。
風馬は壁に凭れて皆が話しているのをただ黙って聞いていた。
心の中で私のことを気に掛けながら…


風馬「(星光……お前知ってたか?
 みんながこんだけお前のことを気に掛けて心配してるって。
 やっと真剣にお前のことを受け止めてくれる男や仲間に巡り合えたのに、
 たった一枚の便せんに“さようなら”を書いて黙っていっちまうなんて。
 本当にバカだよな、お前は……)」


北斗さんは、私が残した手紙を両手でしっかりと握り、
何度も目を通している。
そして北斗さんを支えるように浮城さんがソファーに腰かけ、
苺さん、田所くんも加わりこれからどうすべきか話し合っていた。
そして根岸さんも、握りしめた携帯が鳴るのを待っている。
そこへ電話を終えた流星さんがリビングに入ってきた。


流星「兄貴。神道社長とやっと電話が繋がった」
七星「星光ちゃんのこと話したか!」
流星「ああ。それが……
  社長が星光ちゃんを解雇したってさ」
七星「は!?どうしてだ。彼女が何をした!
  星光ちゃんは僕らのカメラを守ろうとして怪我までしたのに、
  どうして解雇されなくちゃならない!
  彼女は行く宛てもないんだぞ。
  寝泊りする家すらないんだ。
  (僕らしか頼る人間がいないのに……)
  流星、今から新宿まで行ってくる」
流星「兄貴!今から社長のところへ行くつもりか!?」
七星「ああ。直談判だ」
浮城「カズ、ちょっと落ち着けよ!」


プルプルプル…(根岸の携帯着信音)


根岸「もしもし、夏鈴?……えっ!連絡があった。
  七星さん!星光さんから連絡があったらしい」
七星「えっ」
根岸「うん……は!?新宿……うん……それで?」
流星「今新宿って言ったか?」
浮城「ああ」
根岸「……そうか。
  教えてくれてありがとうな。……うん。
  また彼女から連絡があったらそれとなく聞いておいてくれ。
  ……ああ。こっちも分かったら連絡する。じゃあ…(切る)」
七星「根岸。夏鈴さんはなんて」
根岸「星光さんは新宿にいるらしい。
  でも、今どこに居て誰と居るのか聞いたらしいが、
  何も言わなかったって」
流星「どうして新宿なんかに」
浮城「もしかして、星光ちゃんは本社にまだ居るんじゃないか?
  解雇って社長が言ったんだろ。
  さっきまで電話も繋がらなかった。
  彼女がここを出て新宿に行った時間を考えると、
  まだそんなに時間経ってないってことだろ」
流星「それに彼女は車も本社に置いてるはずだ」


北斗さんは手紙をぐっと握りしめて、
今にも爆発しそうな感情を押し殺す。
皆もそれぞれに複雑な心境で俯きながら策を練っていた。
その時、ずっと様子を見守っていた風馬が口を開く。


風馬「七星さん。
  俺、あいつを捜しに今から新宿行きますよ」
七星「えっ!?今からって」
風馬「皆さんは明日も早朝から撮影があって、
  誰一人ここを抜けることができないでしょ。
  俺は仕事も終わって身軽ですから、
  あいつの首根っこ捕まえて勝浦に連れ戻しますよ。
  そうしないと、俺もこのままの状態で福岡には帰れないんで」
流星「しかしな、狂犬。
  新宿って言ったって、
  星光ちゃんは何処に居るかもわからないんだぞ?
  今彼女が本社に居たとしても、
  お前が着いた頃にはもう居ないだろう。
  ひとりでどうやって探すつもりだ」
風馬「どうにかしてでも、絶対に探します」
根岸「新宿か。
  俺も今日で身軽になったし、
  塩田くんが捜しに行くっていうなら連れて行こう。
  どうせ俺も東京に戻るんだから」
風馬「心強いです。根岸さんが一緒なら」
七星「根岸」
根岸「大丈夫。
  彼女を見つけたら俺がここへ連れてくる」



情報が飛び込んできたことで皆が少し元気になり、
どうやって私を捜せばいいかと話していると、
リビングの入口で声がした。
それは東さんで話を聞いていたのか、
とても険しい顔をして腕を組み立っている。




東 「お前ら、何をやってるんだ」
七星「光世。神道社長が星光ちゃんを解雇したって本当か」
東 「そうだ」
七星「どうして!
  彼女は何もしてないってお前だって知ってるだろ!」
東 「この騒ぎの責任を取ったんだ。
  もう決定したことだ」
七星「お前までそんなことを……」
根岸「塩田くん、行くぞ」
風馬「は、はい」
東 「根岸、何処へ行く?」
根岸「東さん。今ままでお世話になりました。
  俺は今日付けで昴然社を首になった男ですからね。
  だからここでの撮影の仕事はできないんで、今から帰ります」
東 「根岸。
  お前は今日付けでスターメソッドの社員になったんだ。
  明日朝からも撮影がある。
  こんな時間から許可なく勝手に出かけるんじゃない」
根岸「は!?」
七星「根岸がうちに!?」
東 「ああ、そうだ。
  これも決定事項だから変更はない。
  みんな、これからも変わらず根岸を頼むな」
根岸「東さん、俺はそんなこと何も聞いてない!
  俺抜きで何を勝手に決めてるんだ!」
東 「文句があるなら、明日神道社長に直接言うんだな」
根岸「……」


唐突に言い渡されたスターメソッドへの雇用という辞令により、
困惑する根岸さん。
北斗さんは信じていた東さんに裏切られるような形となり、
煮え切らない想いが苦渋の表情から見て取れる。
いつになくピリピリする東さんの言動を受けて、
周りの皆もどう対応して良いのか戸惑っていた。
そんな東さんの背後から、
不意に現れた人物をいち早く見つけた苺さんは、
まるで亡霊か何かを見たような驚きの表情と共に大声で叫んだ。
彼女が放ったその一言で、勝浦の現場は大きく揺れ動くのだった。


村田「えっ……若葉さん!?」
流星「嘘…だろ」
七星「若葉……」

(続く)


この物語はフィクションです。
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