ポラリスの贈りもの
52、呼び戻された愛の記憶

まるで亡霊か何かを見たように驚き、
思わず叫んだ苺さんの声で、
東さんの背後から現れた人物が何者か分かった途端、
その場にいた全員が驚きの声をあげる。
何故ならその人物が、
北斗さんの元婚約者である奥園若葉さんだったからだ。



村田「まさか……若葉さん!?」
流星「嘘…だろ」
七星「若葉……何故、ここに居る」
若葉「七星」


その中でもいちばん驚きを隠せなかったのは北斗さんで、
彼女の登場で、東さんに裏切られたような感情が拍車をかけた。
彼の変化にいち早く気がついたのは流星さんで、
浮城さんもじっと彼の様子を窺っている。
手紙をぐっと握りしめ、
今にも爆発しそうな感情を押し殺していたけれど、
制止できないほどの怒りに駆られえる。
とうとう抑えることができなくなった北斗さんは、
東さんに無言で詰め寄ると胸倉を掴み、
お腹の底から絞り出すような低い声を発した。
それを見た流星さんと浮城さんは、透かさず彼を止めに入る。


七星「光世……これはどういうことだ」
東 「放してくれ」
七星「なんで。若葉を連れてきた」
東 「生の指示だ。
  彼女に星光さんの代わりをさせろということだ」
七星「……」
流星「は!?なんだそれ!」
村田「神道社長、ひどい……」
七星「若葉がメンバーに入れば、現場が確実に動揺する。
  外にはまだ報道の記者もいて、
  若葉が居ることを知ったら即座に叩かれる。
  そんなリスクを分かってて、社長は若葉をここに」
東 「ああ、そうだ」
七星「お前。社長に何も反論せず連れてきたのか」
東 「七星。お前が一番知ってるだろ。
  反論して『そうか』と聞いてくれる社長か?」
七星「それでも現場やスタッフの為に反論するのがお前の役目だろ。
  撮影を台無しにするつもりか!」
流星「兄貴、よせって!」
東 「このくらいのことで撮影ができなくなるほど、
  お前は腑抜けなったのか。
  いつからだ。福岡の撮影からか」
七星「人にはな、感情ってもんがあるんだよ。
  お前のように冷酷な人間にはなれないんだ、僕は!」
浮城「カズ、やめろっ!」
東 「そうだな。僕は冷酷かもしれない。
  でもな、七星。
  僕はどんな状況下でも今まで最高の仕事をしてきた。
  だからどんな時でも妥協はしない。
  それがプロっていうものだろう。
  (七星だけに聞こえるように)
  例え、最愛の女を亡くしても……
  不服があるなら、
  この撮影で最高の仕事をしてから言うんだな」
七星「……ふっ。……そうだな」


北斗さんは東さんをじっと睨みつけながら掴んでいた手を離すと、
若葉さんを見ることもなく、
無言のまま横を通りすぎて玄関へ出て行った。


若葉「七星!?」

そしてその場で茫然と二人のやり取りを見ていた若葉さんは、
出ていった北斗さんの後を追いかけていく。
北斗さんと若葉さんが出ていったリビングの空気は、
深海のようにとても冷たく、
東さんは大きな溜息をついてソファーへ身体をかませた。
その重苦しさは皆にも襲っていて、
無言のままその場に立っていたのだ。




北斗さんは若葉さんの再来に動揺し、
怒りに任せて東さんへ気持ちをぶつけてしまったことを恥じた。
そして傍に居ながら私を庇えず、
支えることができなかったことに不甲斐なさを感じ、
情けなさがどんどん体中に押し寄せる。
やり場のない憤りは血管を逆流させ、めまいすら誘発させた。
ふらふらとしながら浜辺を抜けて、
岩場に立つと夜の海が目の前に広がる。
むなしい切なさに晒されながら、
無言のままダークブルーの海を眺めていると、そこへ……


若葉「七星!どこ!?」
七星「ここにいる。
  夜の海は危ないから別荘へ戻れ」
若葉「七星、東さんは悪くないの。
  私が神道社長にお願いして撮影スタッフにしてもらったの」
七星「えっ……どうして」
若葉「スタッフにカレンさんが撮影を降りたって聞いたから。
  私、ずっと彼女が怖くて七星に近づけなかった。
  会社で見かけても声すらかけることができなかったのよ。
  でも……ずっと七星のこと諦められなくて」
七星「若葉。あの時のこと忘れたのかい?
  君から去ったんだ。
  僕に何も言わずに」
若葉「言わなかったんじゃない!
  言えなかったの。
  大きな賞がかかってる仕事してる七星に、
  どうしても本心が言えなかった。
  言えば貴方は、
  仕事なんてほったらかして私を選んでいたでしょ?
  そんなことしたら、
  流星くんや会社にも迷惑かけるって思ったの。
  でもあの報道で神道社長と東さんに呼ばれて、
  いろいろ話してるうちに、
  やっぱり七星に逢いたいって思った。
  もう一度チャンスがあるなら七星とやり直したいって」
七星「ふっ(苦笑)若葉、もう無理だよ。
  君の付き合ってた北斗七星はもうここには居ない」
若葉「(縋りついて)私の目の前に居るじゃない!
  七星はあの当時とちっとも変ってないよ。
  ううん。どんどん素敵になって眩しいくらい。
  写真だってそう。
  心にじーんとくる写真ばかりで、私」
七星「それはさ、心の中にいる僕が変わったからだ。
  あの時の僕は、君が去って全ての光を失った。
  5年間、抜け出せない暗闇のトンネルを彷徨っていた。
  でもある人との出逢いが、
  仮死状態だった僕に温かな光をくれたんだよ。
  (そうだよ、星光ちゃん。
  君が僕の眠りを覚ましてくれたから、
  僕はまたカメラを抱えてここにいるんだよ)
  だから、今の僕は若葉の知ってる僕じゃない」
若葉「七星。もしかして……
  さっき東さんと話していた子のこと?
  確か、濱生星光さんだったよね。
  あの子のこと好きなの?
  私と知り合った時より、
  付き合ってた時より彼女が好きなの?」
七星「彼女は、僕が今まで知り合った女性とは違う。
  比べものにならないほど特別なオーラがあるんだ」
若葉「そんなに綺麗な子なの!?
  モデルの私より光るものがあるっていうの!?
  そっか。カレンさんのようにお金持ちのお嬢様なのね」
七星「ふっ(微笑)彼女はごく普通の人だよ。
  スーパーで働いたりしてごく普通の女性だ」
若葉「スーパーって……だったら何!?
  私と何が違うの!?どこが」
七星「そんなんじゃない。
  そんなレベルじゃないんだ。
  ごめん。言葉ではうまく言い表せないけど、
  僕にはたったひとりのかけがえのない女性なんだよ。
  今の僕は、彼女のことしか考えられない」
若葉「七星。お願いだから私をもう一度きちんと見て!?
  悪いところがあったら直すから」
七星「若葉。ごめん」
若葉「七星……」
七星「ここのスタッフとして働きたいなら居ても構わない。
  でも特別は無しだ。
  撮影は皆と同じようにモデルとして接する。
  もしそれができそうにないなら、
  もう一度神道社長と話して、別の仕事をしたほうがいい」
若葉「七星。私たち……
  1%も(泣)戻れる余地はないの?」
七星「若葉、ごめん。100%戻れないよ」


抱きつき迫る若葉さんの手を、北斗さんは冷たくほどく。
彼女はその場にしゃがみ込み、肩を震わせて大粒の涙を流した。
振りほどかれても左手だけはしっかり北斗さんの手を握ったまま。
この理不尽な再会が私の存在をクローズアップさせる。
北斗さんは泣いている彼女に揺れ動くこともなく、
暗闇の中の白い波間を見つめていた。
あの日、根岸さんのランクルの中で、
抱き合いながら二人して見たこの海を。

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