ポラリスの贈りもの

私の去った後の勝浦で、
手に負えない人間関係のもつれが起きているとも知らず、
京都では過酷な撮影スケジュールが始まった。
撮影できる期間が2週間しかないため、
連日カレンさんの容赦ない指示が飛び、おろおろしながら走り回り、
夜は食事とお風呂が済むと、テキストとにらめっこする。
酷い時は食事も摂らず、
8時間ぶっ通しで撮る時もあったけれど、
機材の入った重たいバッグを二つ抱えて反論することもなく動いた。
でも、一日二日と過ぎていくうちに、
少しずつ撮影が楽しくなっている自分がいることに気がついた。
それは居る場所は違っても、こんな形で離れてしまっても、
北斗さんと同じ土俵で仕事をしているだけで得られる嬉しさと安心感、
カレンさんの撮影している姿に、彼を投影している自分がいたから。
いつの間にか恐れは、北斗さんへの想いにかき消され、
そしてカレンさんまでも、
何故か好意的に見れる自分が出来上がっていた。




京都に来て、10日が過ぎたある日の深夜。
私は彼女の寝息を聞きながら縁側の椅子に腰かける。
抱えていたバッグのファスナーをゆっくり開けて、
東さんから渡された資料と連絡用の携帯電話、
そしてコンパクトカメラを取り出した。
右手にカメラ、左手に携帯を持ったまま、
東京を出発した日のことを言葉を思い出す。



〈星光の回想シーン〉


(スターメソッド事務所)


東 「はい(紙袋を渡す)僕特製のお楽しみ袋だ。
  今回の撮影に役立つものが入ってるから見てごらん」
星光「ありがとうございます(紙袋を受け取って中を確認する)携帯?」
東 「自分の携帯は電源切ってるだろ?」
星光「えっ(驚)東さん、すごい!なんで分かるんですか?」
東 「あはははっ(笑)何となくね。
  七星たちからの連絡がくるかもって、気になって仕方ないんだろ?」
星光「は、はい(焦)その通りです」
東 「京都で何か困った時は、
  遠慮なくこの携帯から僕や生に連絡しておいで」
星光「ありがとうございます!すごく心強いです。
  えっ。これはカメラですか?」
東 「そう。シャッターを押すだけで、
  誰でも綺麗に撮れるコンパクトデジカメ」
星光「でも……何故私にカメラを?」
東 「カメラや撮影のことが分からなくて不安なのは、
  日頃カメラに触れてないからだよ。
  一度自分でファインダーを覗いて撮ってみれば、
  今ある心の問題はすぐ解消される。
  どう使ってもどれだけ撮っても、星光さんの自由だから、
  何も考えずに『今撮りたい』って思った時、
  電源を入れてただシャッターを切ればいい」
星光「ただシャッターを切る」
東 「このカメラはお利口さんだから、
  手ブレはもちろん全部自動で設定してくれる。
  画像は撮影終了してから僕が編集するから、
  君は撮るだけでいいからね。
  説明書は入れてあるけど、簡単に使い方を教えておこう」
星光「はい。お願いします。
  あの。東さんも初めてカメラを持った時って、
  やっぱり怖かったですか?」
東 「えっ(笑)僕は物心ついた時から、
  でっかいカメラに囲まれて育ってきたからな」
星光「はぁ」
東 「子供の頃のおもちゃは、使い古したフィルムカメラだったし、
  怖いって言うよりそれが当たり前の生活だったな。
  僕の父も写真家だったからね」
星光「そうなんですね。
  それじゃあ、平気ですよね」
東 「どちらかと言うと、
  カメラより父のほうが怖かったなー(笑)」
星光「そうなんですね(笑)」
東 「僕らがついてるから、とにかく恐れず立ち向かえばいい。
  きっとカレンに威圧されるかしれないが、
  何も遠慮なんかしなくていいんだ。
  撮影ではプロだから、彼女の指示に従えばいいが、
  それ以外は君が正しいと思うことを言って行動すればいい」
星光「はい」



私は東さんの想いのこもった紙袋をぎゅっと握りしめる。


星光「正しいと思うこと……
  東さんが言いたかったことってこれかな。
  この撮影で感じてるこの感情が、
  正しいと思うことなのかもしれない。
  えっ……」

今日の復習を始めようとテキストを開いた時、
開いたページにはってある付箋を見つける。
それは東さんが書いたものだった。




(光世の付箋メモ)

『星光さん。
 このメモを見たら、
 渡したコンデジで自分の感じた京都を撮ってごらん。
 星光さんの綺麗と思った風景、
 見てじーんときたシーン、心がほっとした景色でいい。
 撮った写真は、七星に渡そうと思ってる。
 あいつに、自分の想いをカメラを通して伝えてごらん。東』


星光「東さん(泣)ありがとうございます。
  私、ぜったいやり遂げますから」
 

私はテキストブックをぎゅっと胸に抱きしめて、
声を殺して涙した。
何があっても必ず、この仕事を完璧に熟してみせると、
拳を握りしめ心の中で熱く誓ったのだ。

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