ポラリスの贈りもの
53、待っていたひと

私の必死の叫びを聞きつけたのかと思うほどタイミング良く、
旅館の仲居さんが夕食の件でやってくる。
事情を話すと彼女は慌てて部屋を出てゆき、
暫くすると女将さんを連れて戻ってきた。
女将さんはカレンさんのおでこに手を当てながら、
私の説明を聞いていたけれど「そのまま待つように」と言う。
理由を聞いてびっくりしたのだけど、
偶然にも女将さんのかかりつけの医師が、
訪問診療で旅館を訪れていたらしい。
女将さんはカレンさんの容体を確認すると、
すぐさま医師を連れて来てくれたのだ。
まるで私の願いを神様が聞き届けてくれたような気がした。


診察の間、
私は縁側のテーブルに腰かけて彼女の様子を見守っていた。
診断結果、ストレスと過労からくると貧血と言われ、
2、3日ゆっくり休むようにと説明されたのだ。
院外処方箋を取りに来ることと、明日もう一度往診すると言われ、
私は医師と女将さんに深々と頭を下げた。
撮影のタイムリミットが近づく中、これからどうすべきかを考える。
眠っているカレンさんの手を握り、何気なくバッグに目をやった時、
東さんから渡された携帯が目に留まった。
私は彼女に布団をかけると立ち上がり、携帯を手に取って部屋を出る。
そして、何の躊躇いもなく東さんに電話したのだ。



(京都のとある旅館、廊下)


東 『もしもし。星光さん?』
星光「もしもし。東さん、お疲れ様です。
  今お話ししても大丈夫ですか?」
東 『ああ、いいよ。何かあったの?』
星光「はい。カレンさんが……」

私は今日の撮影のエピソードから、
旅館へ戻ってからのカレンさんの異変、
今し方診察が終わって診断がおりたことなど事細かく説明した。
東さんは穏やかな声で相槌をうちながら、
私の話を聞いてくれている。


星光「カレンさんは2、3日動けないので、
  撮影ができないと思うんです。
  どなたかこちらへ来ていただくことは可能ですか?」
東 『そうだな。
  今から社長に事情を話して対策を練るから、
  少し時間をくれないか」
星光「はい!ありがとうございます!
  あの。
  七星さんに京都へ来てもらうなんていうお願いは、
  できないですよね」
東 『ん?七星に?』
星光「はい……カレンさんが、きっと会いたいだろうと思って」
東 『それは難しいな。
  今、勝浦は人手がいるからね』
星光「そうですよね」
東 『それに、勝浦だけが理由じゃないんだ。
  事情を話せば、あいつはすぐにでも京都へ駆けつけるだろう。
  しかし、七星が逢いに行くとすれば、
  カレンの為じゃなく星光さん、君の為だと思う』
星光「えっ」
東 『君が突然居なくなって七星はかなり荒れててね、
  下手するとカメラも持てないくらい動揺してる。
  それを社長と僕で、なんとか押さえつけてるのが現状なんだ。
  だから、あいつにこの件は話せないな』
星光「そうですか……
  (私、七星さんに辛い想いをさせてしまったのね。
  本当にごめんなさい)」
東 「とにかくすぐ社長に話を通すよ。
  星光さんはカレンの傍で看病していてくれるかな。
  方針が決まったらすぐ連絡するからね』
星光「はい。わかりました。
  よろしくお願いします」
東 『何も心配いらないから、撮影のことも七星のことも。
  だからもう少し待ってて』
星光「はい…」

北斗さんの状態を聞かされて、
ハートを抉られるような痛みが襲ってきた。
自分では良かれと思ってやったことが、
結果彼を傷つけ苦しめてしまった事実に、
胸を刺される様なショックが襲い、感傷に引き込まれる。
ぐっと携帯を握りしめたまま、じっと廊下の壁に凭れて、
悲しくやるせない思いで心が押し潰されそうだった。 
そして30分後。
折り返しかかってきた電話の相手は神道社長で、
残り4日間の撮影をしてくれるカメラマンを、
すぐ派遣すると返答があった。


星光「もしもし」
神道『星光さん。神道だ』
星光「神道社長!お疲れ様です」
神道『事情は光世から聞いたよ。
  早速代わりのカメラマンを手配した。
  今夜遅くだが、今日中には京都へ遣るから安心していなさい』
星光「ありがとうございます!」
神道『カレンとはどうだ?彼女を改心させられそうか?』
星光「それは……まだわかりません。
  でも、彼女と少しだけですが、
  歩み寄ることができたかもしれません」
神道『そうか』
星光「社長。
  もし私がカレンさんを変えることができなかったら、
  やはり彼女は解雇されるのでしょうか」
神道『そうだな。
  カレンの遣ったことは重大な犯罪だからな。
  それなりの責任は取ってもらうだろう』
星光「神道社長。
  京都の撮影、最後まで精一杯やります。
  カレンさんも京都入りしてからずっと、
  撮影に没頭していました。
  体調を崩して倒れてしまうくらい無理をして……
  だから、どうか寛大なご処置をお願いします」
神道『星光さんに聞きたいんだが、
  君はカレンのことが憎くはないのか?』
星光「えっ」
神道『カレンは、君と七星の仲を裂こうとしていた相手だぞ?
  それなのに彼女を捨て身で庇って、
  私に特別な恩典をしろと言う。
  光世にはカレンの為に七星を京都へよこせと言ったらしいな』
星光「あっ。で、出過ぎたことを言ってすみません。
  でも、彼女の苦しんでる姿を見ていたら、
  いちばん彼女が元気を貰える相手は、
  七星さんしか居ないんじゃないかと思って」
神道『そうか。でもな、星光さん。
  それはお互いが求める関係であってこそ成立することで、
  カレンと七星の場合は当てはまらないことだ。
  七星は今まで、
  カレンの執拗なアプローチに苦しめられてきたからな。
  まぁ。七星の力が必要だと君が思ってるなら話は別だか』
星光「い、いえ(汗)そ、それは恐れ多いことです。
  七星さんを苦しめて困らせてきたのは私ですから。
  だから、これ以上我儘は言えません。
  彼に命を助けてもらっただけでも感謝です」
神道『そうか。君の気持ちはわかった。
  とにかくカレンの看病と、
  あと4日間しっかりサポートを頼んだぞ』
星光「はい。あの、社長。
  もうひとつ聞いてもよろしいですか?」
神道『ん?何かな』
星光「あの、塩田風馬はもう福岡へ帰りましたか?」
神道『塩田くんか。
  君がいきなり辞めてしまったことで、
  勝浦の現場は調理人が居なくなってしまったからな。
  次の調理人が来るまで、
  臨時で彼に調理師をやってもらってる』
星光「えっ!?」
神道『彼の実家は鮮魚店で、年末正月は仕込みで大変らしいが、
  勝浦も社員が食事なしでは困るんでね。
  無理を言って残ってもらった』
星光「……」
神道『君の中に罪悪感があって、
  皆に対して申し訳ないと思う気持ちがあるなら、
  京都の仕事を完了させて、もう一度勝浦へ戻るんだな。
  まぁ、まだ時間はあるからゆっくり考えればいい』
星光「は、はい。わかりました……」
  

東さんの隙のない対応は、
知らない土地でぽつんと一人放りだされた私に安心を与え、
神道社長の厳しくも励ましの言葉は、
私にやる気とある目標を示してくれた。
しかし、どうしても拭えないのは北斗さんのこと。
彼の身の上が心配で仕方がなかった。
そして寿代の許へ帰る予定だった風馬を、
また引き留める結果を引き起こし、
尻拭いまでさせてしまっている事実を知らされて、
浅はかな私の行動が二人の男性を苦しめる事実に、
ただただ情けなさを感じるばかりだった。


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