ポラリスの贈りもの

三人で撮影に出かけた最終日。
雪もちらついてとても寒い日だった。
カレンさんと浮城さんはカメラを構え、
時々液晶モニターで画像を確認しては話している。
カレンさんの元気な姿をみて、私は嬉しくてたまらない。
そして浮城さんの存在の大きさも、何となくだけど感じていた。
鈍感な私でも、彼女の振る舞いを見ていれば分かる。
4時間の撮影を終えたカレンさんと浮城さんに笑みがこぼれた。
そう。私たちはスケジュール通り、
無事に京都での撮影を完了させたのだ。
早々に旅館へ戻り、荷造りをした私たちはチェックアウトして、
小雪の舞う中、タクシーで京都駅へ向う。



通り過ぎる街の至る所でルミネーションが煌めき、
クリスマスソングが流れて、
「今年もあと少しね」「あっと言う間の一年だったわ」と、
ホームへ向かう人たちの声も聞こえる。
新幹線ホームに到着して間もなくして、
東京行きの新幹線が来ると乗車した。
指定席に座ってほっとしたのも束の間、
浮城さんの口からいきなり北斗さんのことを聞かれたのだ。



(新幹線の中)

浮城 「星光ちゃんはこれからどうするんだ?」
星光 「これからですか……」
浮城 「ああ。まぁ、東京へ着いたら本社に戻って、
   神道社長と東さんに京都での報告や諸々あるとは思うけど、
   編集と最終作業はカレンの仕事だからな。
   君は撮影補助の仕事が終わったんだから、
   また勝浦の撮影所へ戻ってくるんだろ?」
星光 「いえ。私は……戻りません」
浮城 「何故。みんな君が戻って来るのを望んでるんだよ。
   カズはもちろんのこと、
   根岸も流星も君が居なくなって必死で捜したんだぞ。
   それに塩田くんだって、
   君が居ないと福岡へ帰れないと言っている。
   書置きだけ残して黙って出て行って、
   星光ちゃんはどうも思わないのかい?」
星光 「いいえ。
   本当に申し訳ないことをしたって思ってます。
   皆さんの恩を仇で返したみたいなことをしてしまったと……
   神道社長からも罪悪感があるなら、
   勝浦へ戻ることも考えろと言われました」
カレン「……」
浮城 「だったら戻るべきだよ」
星光 「だけど、罪悪感があるから余計に戻れないんです」
浮城 「じゃあ。単刀直入に質問するけど、
   君はカズのことどう思ってるんだい?」
星光 「えっ」
浮城 「あいつに何も告げずこのまま居なくなるってことは、
   カズのことを真剣に思ってないってことだよな」
星光 「それは……」

私は横に座ってるカレンさんのことが気になり、
浮城さんの質問に即座に答えることができなかった。
でも、彼女はにこっと私に微笑んであっさりと言ってのける。

カレン「星光さん。
   もう私に遠慮することなんかないわよ」
星光 「えっ。でも……」
カレン「私はもう大丈夫。
   カズのことも勝浦でのことも、
   京都に居た二週間で完全に吹っ切れたから」
星光 「……」
カレン「5年間ずっと片思いだったけどやっとね(笑)」
星光 「長い間好きだったのに、
   七星さんのこと吹っ切るんですか?」
カレン「急に目覚めたって言うかさ、
   あることがキッカケで急に気づくことってあるのよね。
   身体を休めている間、
   過去のいろんなことを想い出してね。
   撮影での出来事もだけど、
   自分が倒れそうになった時や弱っていた時に、
   誰がいつも声を駆けてくれてそばに居てくれたか。
   どうやって立ち直らせてくれたかを思うとね、。
   カズよりもっと大切な人が身近に居たことが分かったの。
   ねっ、陽立」
浮城 「あ、ああ」
カレン「そういうことだから、私に遠慮なんかしないで。
   貴女は素直にカズの胸に飛び込んでいいのよ」
星光 「カレンさん……」
カレン「カズのこと、本気で好きなんでしょ?」
星光 「はい……大好きです。
   小さな時から逃れることはできないと、
   諦めていた奴隷のような生活から、
   唯一救ってくれたのは七星さんでした。
   絶望に浸っていた私に生きる光を与えてくれたのも彼です。
   命の恩人、心の恩人でもあって……心から大切にしたい人です」
浮城 「本当にそう思ってて今の言葉が本心なら、
   躊躇わずに勝浦へ戻ってやってくれないか」
星光 「でも……私が戻ればまた彼を苦しめてしまいます」
カレン「もう!じれったい子ね。
   貴女の居ない今がカズを苦しめてるのよ!?
   それに貴女が居なくなったことで、
   新たな試練が彼にやってきたの!」
星光 「新たな試練?」
カレン「元カノよ!
   奥園若葉が勝浦の現場スタッフとして加わったの。
   貴女が抜けた穴埋めとして神道社長が命令したのよ。
   貴女の代わりにカズの傍にはあの女が居るのよ!」
星光 「若葉さんが。私の代わり……」
浮城 「カレン。そのことは彼女に話すなって言っただろ」
カレン「言わなきゃ事の重大さがこの子にはちっとも分からないでしょ。
   どれだけカズが苦しんでるかも分かってないんだから。
   貴女はこのままでいいの?
   カズは貴女のことで傷心しきってるのよ。
   自暴自棄になって『もうどうなってもいい』なんて思ってしまったら、
   若葉と元鞘になるってことだってあり得る。
   そんなことになって貴女は平気なの?」
星光 「元鞘……
   (七星さんの元カノはトップモデル。
   若葉さんと私じゃ、月とすっぽんじゃないの。
   元鞘になってもおかしくないよね)
   雑誌で見ました(微笑)
   彼女はとても魅力のある綺麗な人ですもの。
   私とは大違いですよね」
カレン「星光さん。
   貴女には嫉妬心とか対抗心なんて感情はないわけ。
   自分の好きな男を取り返したいとかいう気持ちは湧いてこないの?
   私、貴女にカズを渡すのならまったく異論もないけど、
   若葉に渡すのは絶対に嫌よ。
   そんなことになったら諦めもつかないし、
   貴女のこと一生許せないわ!」
星光 「えっ!」
浮城 「カズはカメラも持てず撮影もできないでいる。
   流星や根岸が支えてやっと現場に居れる状態なんだよ。
   このままじゃカズが潰れてしまう。
   あいつを救うと思って、勝浦へ戻ると言ってくれないかな」
星光 「私……
   (どうしよう。どうしたらいいんだろう)」
カレン「お願いよ。私の為にもカズの許へ戻って。
   私もできる限りの協力はするから」
星光 「カ、カレンさん」


拝み倒す様に真剣な眼差しで話すカレンさんと浮城さんに、
私は気の利いた言葉も言えないままで黙っていた。
驚いたのはカレンさんの豹変と意外な発言で、
今まで私をライバル視し、
目の敵にしていた彼女が私に協力すると言っている。
私には降って湧いたように現れた心強い協力者で、
この二人が味方についてくれると言ってくれること、
真剣に私と北斗さんを思ってくれていることが何より嬉しかった。


北斗さんの現状は東さんから少しだけ聞いてはいたけれど、
二人が頼み込むほどひどいとは思ってもいなかった浅はかな私。
しかも、奥園若葉さんが私の代わりで勝浦にいる事実。
困惑する私と、私を見つめるカレンさんと浮城さんを乗せた新幹線は、
ゆっくりと小雪の舞う東京駅へと到着したのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。
< 91 / 121 >

この作品をシェア

pagetop