ポラリスの贈りもの

その頃、勝浦の撮影現場は……
モデルさんを絡めた撮影が着々と進められていた。
とても真剣な眼差しでファインダーを覗くスターメソッドの精鋭たち。
しかしその中に一人だけ、遠い目をしてカメラを構える人物が居る。
まるで彼だけ、暗闇の世界へと入り込んでしまったように…




そう。その人物とは北斗さんだった。
海岸やスタジオで撮影している他のメンバーとは離れ、
森の奥にある丘で根岸さんと流星さんと共に撮影をしていた。
根岸さんと流星さんが撮影を終えて、
モデルさん二人は挨拶をすると、バスのある駐車場へと向かっていく。
しかし北斗さんだけは、モデルの若葉さんをぼんやり見ているだけで、
指示を出すわけでもなく、シャッターを切ることもしない。
最後には構えていたカメラすら下ろしてしまったのだ。
それを見ていた流星さんと根岸さんも、
すぐ彼の異変に気がつき、北斗さんの許へゆっくり近づいた。


七星「……」
若葉「七星?」
七星「もういい。洋服を着ろ」
若葉「えっ?もういいって」
七星「……」
若葉「ねぇ、七星ったら。どうしたのよ」
七星「(まったくイメージできない…くそっ!)
   ふっ。何も感じないな…。根岸と交代する」
若葉「えっ!?交代ってどうして!?
  さっきまで他のモデルさんは真剣に撮ってたじゃない!
  どうして私になるといつもそうなの!?
  こんな凍えるほど寒い中で我慢してやってるのに!」
七星「撮れないものは撮れないんだ。
  無理して撮ったって碌な作品にはならない。
  根岸、交代して撮ってくれないか」
根岸「あ、ああ。
  俺は終わったからいいけど、いったいどうしたんだ」
七星「少し疲れただけだ。すまないが後を頼む」
根岸「わかった」
流星「兄貴(肩に手をかけて)どうした?」
七星「思った通りに撮れないだけだ。何も心配ない。少し休憩する」
流星「あ、ああ」


北斗さんはカメラを肩にかけると一度だけ空を仰ぎ、
大きなため息をついて別荘へ向かって歩き出した。
小道を歩いていく北斗さんの物悲しい後姿を、
流星さんと根岸さんは心配そうに見送る。
しかし、若葉さんは不服そうに叫んだ。


若葉「七星!撮る相手が私だからでしょ!?
  モデルが星光さんなら何の問題もなく撮れるわけよね!」
七星「……」
若葉「星光さんに心までボロボロされて、真面にカメラすら持てないなんて、
  流石の北斗七星カメラマンも地に落ちたわね」
流星「若葉!それは言い過ぎだろ!」
若葉「だって本当のことだもの。
  言われて悔しかったら、私が納得いくまで撮影を続けなさいよ!
  いつも途中で逃げるんじゃなくね!」


北斗さんは一時立ち止まって、彼女の言葉を聞いていたけれど、
ゆっくり振り返り彼女をじっと見つめると、
今まで溜りに堪った思いの丈を言い放つ。


七星「被写体に何の魅力も感じなければ、
  100枚撮ろうが1000枚撮ろうが、
  写真は全て死んでしまうからな」
若葉「なっ、なんですって!?」
七星「ファインダーから君を覗いてると野心と闇しか見えない。
  人としても女性としても、何の魅力も伝わってこない。
  だから僕は撮らないと言っているんだ」  
若葉「失礼ね!
  そんな取ってつけた言い訳して仕事を放棄するなんて、
  本当に情けない男になったのね。
  全ては濱生星光が居なくなったせいでしょ!?
  大きな賞まで取って地位も名声もある男だから、
  私は貴方との結婚だって真剣に考えたのに。
  もっと才能も骨もある男だと思ってたけどミスったわ。
  甘い復縁を望んでここへ来たんだけど、とんだ御門違いよね」
七星「そうか。それが君の本心だよな」
若葉「そうよ。
  じゃなきゃ誰が割のいい仕事を断ってまで、
  こんなところに来るもんですか!」
七星「根岸、流星。
  彼女の撮影はしなくていいからもう上がっていい。
  まだ撮りたいなら別のモデルの撮影に切り替えていいぞ」
根岸「えっ(焦)」
流星「……」
七星「二人とも今の彼女をファインダーで覗いてみろ。
  僕の言ったことが手に取るように分かるはすだ」
根岸「七星さん」
流星「兄貴……」
若葉「あっ、そうだったわ(微笑)
  ねぇ、皆さん。
  星光さんが何処に居るのか知りたくない?
  私は何処に居るか知ってるわよ」
流星「えっ!?
  何故、君が彼女の居場所を知ってるんだ」
根岸「君は彼女と接触なんかしてないだろ」
七星「……」
若葉「この現場の仕事を頼みに行った時、
  東さんと神道社長が話してるのをたまたま聞いちゃったの。
  彼女とカレンさん、今一緒に居るのよ」
流星「星光ちゃんとカレンが一緒に!?」
根岸「そんなことはあり得ない」
若葉「それがあり得るのよね、この会社では。
  彼女は今頃、5年前の私みたいに、
  カレンさんからボロボロにされてるわ。
  居場所が分かれば彼女を助けることができるわよ。七星」
七星「……」
若葉「今言ったことは事実だから。
  私のことを疑うなら、東さんにでも聞いてみたら?」
流星「若葉、星光ちゃんは何処に居るんだ。
  頼む。本当に知ってるなら教えてくれないか。
  ここに居るスタッフみんなが彼女を必要としてるんだよ」
若葉「んー。いくら可愛い流星の頼みでも無理。
  私に何のメリットもないのにタダでは教えられないわ」
七星「(若葉をじっと見て)若葉」
若葉「ふっ(笑)何?七星。
  やっと私と向き合う気になったの」
七星「もう帰ってくれないか。
  社長には僕から伝えておく。
  今日でここの撮影スタッフから抜けてくれ」
流星「兄貴」
七星「流星、根岸。行くぞ」
根岸「あ、ああ」
流星「兄貴、待てよ!」
若葉「ちょっと!またそうやって逃げるのね!
  七星のいくじなし!サイテー男ー!」


若葉さんはまったく動じない北斗さんの言動に、
殺気立った顔つきで炎のような怒りを露わにし叫んでいる。
そして北斗さんは振り返ることなく、
彼女の叫びに応えることなく、
まるで鋭く切り立ったおせんころがしの岸壁のように、
固く冷たい表情を浮かべたまま、
別荘へ続く小道を歩いていったのだ。
彼女に放った言葉全て、そしてその後ろ姿にも、
何の躊躇いも迷いも感じられなかったのだった。

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