ポラリスの贈りもの

年の暮れ。
私の尻拭いをしていた風馬は、
浮城さんが京都から戻ってすぐ福岡へ帰郷した。
臨時で雇われていた田所くんも自宅の写真館へ戻り、
根岸さんは本社勤務で、
北斗さんや流星さんたちと同じチームに配属された。
お仙の悲話のような騒動の舞台になった勝浦の別荘は引き払われ、
北斗さんたちは一仕事終えて本社へ戻っていったのだった。




そして、新たな年を迎える。
東さん率いるカメラマン部隊は映画“四季”の全撮影をやり熟し、
神道社長が昴然社の伯社長に言った通り、
半月も残して完璧に大仕事を仕上げたのだ。
あれだけたくさんの問題を抱えながら、
スターメソッドは業界を驚かせるほどの成果を上げた。
作品の封切を待つのみとなり、一つの区切りがついた頃、
それぞれの未来のビジョンに新たな変化が起きようとしていた。


皆が通常の業務に戻り、
流星さんはマイデスクにつくとおもいきり背伸びをする。
北斗さんは寛ぐ皆の姿を横目に、
PC画面を見つめて黙々と編集作業をしていた。
入社したばかりの根岸さんは不思議な感覚に襲われながらも、
与えられたデスクを満足そうに眺めている。


(スターメソッド3階、D・B・P撮影部オフィス)


流星「あーっ!やっと終わったなー」
浮城「おお!これであの狸も少しは大人しくなるだろ」
流星「どうだ、昴然社!これが俺たちの実力だ!なんてさ」
七星「あの伯社長が神道社長に頭を下げたらしいぞ」
根岸「へーっ。
  あのじいさんでも頭を下げることがあるんだな」
流星「んーっ!
  ここってこんなに居心地良かったか?」
浮城「えっ(笑)居心地良い?」
流星「そう。居心地良くてほっとするよ。
  この年期の入った俺のデスクでさえも頬張りしてしまう」
浮城「あはははははっ(笑)そこまでするか」
流星「勝浦の撮影に行くまでは、
  こんなコンクリートの密室に閉じ込められて、
  何日もスケジュールに縛られるのはごめんだって思ったけど」
浮城「そうだよな」
七星「どうせあと何週間もすれば、また勝浦がよかったと思うさ」
浮城「しかし、凄いと思わないか?
  俺たちは、通常の1/3で今回の仕事をやっつけたんだぜ」
流星「ほんと。よくやったよ」
七星「根岸。どうだ?少しは慣れたか」
根岸「ああ。しかし。 
  まさか一度落とされた会社に無理矢理入社させられて、
  早速スターメソッドの過酷なスケジュールの洗礼を受けるとは」
七星「まぁ、それもまた人生だ。 
  なんだかんだ言っても、
  しっかり熟してるんだから大したもんだ」
根岸「いやいや、まだまださ。
  今日は新たな仕事の会議だっていってたけど」
七星「ああ。もうすぐ光世が社長の辞令を持ってやってくるさ」
根岸「ん?それか。星光ちゃんの画像」
七星「ああ」
流星「えっ、星光ちゃん?どれどれ」


北斗さんと根岸さんの会話を聞いていた流星と浮城さんも、
私の名前を聞いてパソコンの傍にやってきた。
そして北斗さんが東さんから渡された私の画像データを覗き見ている。


浮城「ほぉー。なかなかうまいじゃん」
七星「ああ。初めてにしては味のある写真を撮っててね」
浮城「なんだか……
  どれも見たことのある画像に見えるのは俺だけか?」
流星「兄貴のフレーミングに似てるからじゃないかな」
浮城「そう言われれば、そうだな」
根岸「ずっと七星さんの写真集を抱えて過ごしてたって聞いたよ」
流星「兄貴。いいのか?
  星光ちゃんに逢いに行かなくて。
  彼女は吉祥寺に居るんだろ?
  車を走らせたらすぐじゃないか」
七星「いいんだ。これを完成させないとな」
浮城「ったく!
  ここまできて格好つけて、意地張ってどうするんだ。
  今しかないっていうことだって人生にはあるんだぞ?
  この機を逃すと、二度と会えないってことだってある。
  その時に『こうしとけばよかった』って思っても、
  遅いんだからな。後悔すんぞ」
根岸「そうだな。それは俺も体験済みだ」
流星「そう。俺もだ。
  兄貴だって苦い思い出があるだろう。
七星「そうだが……もし一度離れてしまっても、
  縁があればまたチャンスはくる。
  僕はそう思ってる。
  それも体験済みだろ?なぁ、根岸」
根岸「まぁな(笑)」
七星「今の僕じゃ、
  彼女をしっかりと抱きしめることができないかもしれない。
  きっとその機会は今じゃなくきっと先にある。
  僕は、それを信じてる」



各々がこれまでの過去を振り返り悟ったようにうなずく。
まるで居心地のいい陽だまりをみつけた小鳥のような心持で、
苦い教訓をしっかりと心に刻みながら。 
そこへ、仕事を終えたごきげんのカレンさんがやってきた。


カレン「入るわよー。陽立、居る?」
浮城 「おお。終わったのか?」
カレン「ええ。
   神道社長から京都の仕事でOKを貰ったの!
   またここでみんなと一緒に働けるわ」
浮城 「そうか!」
カレン「ええ!
   あの。カズ、根岸くん、流星も。
   勝浦では大変ご迷惑をおかけして、
   申し訳ありませんでした(深々と頭を下げる)」
流星 「カレン、もういいじゃん。
   終わったことなんだから。
   なっ、兄貴。根岸」
根岸 「そうだな。
   もう時効ってことで、気にしないで」
カレン「でも、私の気持ちがすまないのよ。
   根岸くんには二度も命を救ってもらったし、
   カズにも……
   カズには長い間、嫌な思いをさせてしまった。
   星光さんには申し訳ないことをしたわ」
七星 「カレン。ここへ戻ってこれて良かったな。
   これからも戦力として頼むぞ」
カレン「カズ……
   許してくれてありがとう」
七星 「ああ(微笑)」
カレン「皆さん、これからもよろしくお願いします」
流星 「おお!カレン、よろしくな」
浮城 「よし、よく言った。上出来!」
カレン「陽立。これで安心して結婚も進められるわね」
流星 「えっ(驚)け、結婚!?」
浮城 「お、おい(焦)
   まだ公表するなって言ったろ」
カレン「どうせ分かっちゃうんだもん。
   いつ言ったって一緒でしょ?
   さっき、神道社長と東さんにも話したし」
浮城 「えーっ。お前、しゃべりすぎ」
根岸 「ふたりともおめでとう」
浮城 「さ、サンキュー」
七星 「陽立、よかったな」
浮城 「お、おお」


照れる浮城さんと満面の笑みを浮かべるカレンさんを、
北斗さんは微笑ましく見つめながら、
頭の中では私を思い浮かべていた。
ふたりを茶化しながらも、流星さんと根岸さんは、
湧き上がる衝動を押し殺して、
PCの画像に向かう北斗さんを気に掛けている。
その時ノック音がして、書類を抱えた東さんがやってきた。




東  「みんな、待たせたな。
   カレンも一緒に聞いてくれ」
カレン「はい」
東  「みんなに辞令が下りたぞ。
   まず、陽立とカレン」
浮城 「えっ、カレンと俺?」
東  「ああ。今年いっぱい、ドイツで仕事をこなしてくれ」
浮城 「俺がドイツ!?海外組が行くんじゃ……」
東  「お前、結婚するんだろ?
   社長の粋な計らいだ。
   カレンの両親にしっかり挨拶してこいとのことだ」
浮城 「へっ!」
カレン「ありがとうございます!」
東  「次は根岸。お前は4月から6月の3ヶ月間、
   僕と北海道に飛んで“青の池”の撮影をしてもらう。
   期待してるぞ」
根岸 「はい。北海道か」
東  「それから、流星」
流星 「はい」
東  「4月から福岡支社に転属だ。
   新しいプロジェクトの責任者として社員指導もしてもらう。
   期間は未定。詳細は向こうで指示するとのことだ」
流星 「福岡……俺が責任者ですか」
七星 「期間未定って、流星を福岡へ転勤させるなんて。
   社長や光世も知ってる通り、流星の妻は」
根岸 「兄貴、いいんだ。仕事だから」
東  「流星、安心しろ。社宅もすぐ用意する。
   奥さんの病院の件も福岡には心臓の権威が居るそうだ。
   奥さんの主治医に頼んで紹介状を書いてもらうといい」
流星 「東さん……ありがとうございます」
七星 「大丈夫か?流星」
流星 「ああ。同じ日本じゃないか。
   1000K離れたからって、どうってことないさ」
七星 「そうだな。飛行機でたったの1時間半だ」
流星 「おう」
東  「七星。弟夫婦の心配より自分の心配をしろ」
七星 「えっ。これは……」
流星 「兄貴。どうした?」
七星 「……」
根岸 「七星さん?」
浮城 「カズ、辞令にはなんて」
七星 「何故、僕が」
東  「七星には。
   この4月から1年間、
   フランスのマルセイユへ行ってもらう」
流星 「マルセイユ!?」
根岸 「どうして……」
浮城 「なんでカズなんだ!
   カズは管轄外でしょ!」
カレン「カズ……」
七星 「(僕は……君に逢いにはいけない。
   星光ちゃん……ごめんな)」


東さんから渡された書類をじっと見つめる北斗さん。
予想外の辞令に愕然として動くことすらできず、
驚きのあまり言葉をなくし、
心配する皆の問いかけにも返答できない。
北斗さんに言い渡された辞令は、
彼の未来のビジョンから太陽の温もりを消し、
分厚い氷に覆われた完全凍結地帯へと変えてしまったのだ。
まるで氷点下80℃の世界に入り込んだ様に、
D・B・P撮影部オフィスは一瞬で凍りつき、
静まりかえってしまったのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。
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