約束のキミを。
第五章〜小さな味方〜

いつもの毎日






あれから、いつもの毎日が少しだけ変わった。



お母さんは、頻繁に会いに来てくれるようになったし、今まで氷のような冷たい顔だったのに、表情が若干やわらかくなった。

お母さんは、元々表情筋が、固いみたいだ。

でも、私も、お母さんも普通の親子みたいな会話を緊張して出来なかったり、照れてしまう。


「美空、今日はねクッキー焼いてみたの。初めて作ったから、美味しくないかもしれないけど…。」


お母さんが、私に箱を差し出す!私は、それを受け取り、綺麗にラッピングされた、リボンをほどく。

「ありがとうございます。わぁ!チョコクッキーだぁ」

私がニッコリと笑うと、お母さんは少し気まずそうに目を泳がす。


「美空…。これね、プレーンの普通のクッキー…。ちょっと焦げて茶色いのよ…。」

え…。ちょっとというか、かなり焦げてる…。

なんというか、黒ごまクッキーって言ってもいいような、レベルの黒さだ…。









少しの沈黙のあと、お母さんと顔を見合わせて笑いあう。



私は、茶色いクッキーを手に取り、口に入れる。

苦さが9なら、甘さが1くらいの割合の味だけど、なんだかすごく美味しい!

「お母様、すごく美味しいです!」
私が笑うと、

「美空、遠慮しなくていいのよ。お母さん、練習して今度はちゃんと美味しいの持ってくるから。」

と困った顔をしている。

「お母さんね、実はお料理とか苦手なの。初めてこんなの作ったから…。ごめんなさい。」


そういえば、お母さんの手料理を食べた記憶がない…。

それでも、私にクッキーを作ろうとしてくれるなんて、気持ちが嬉しかった。

もうひとくち、クッキーをかじる。やっぱり苦い。

でも、愛おしく優しい味に感じるのは、私の味覚が変なのかな…。



そんな、私達親子の姿をレンは、ニコニコしながら見つめている。


お母さんもそれに気づいて、

「レンくんも食べる?」

丸焦げのクッキーを真顔で差し出すお母さんはなんだか、可笑しかった。

「はい!」

ニコニコしながら、レンは、クッキーを食べる。

「レンくん、この前はありがとう。美空をよろしくね。」

クッキーを頬張るレンに微笑むお母さんは、母親らしかった。

「それじゃあ、また。」


お母さんは立ち去った。








「レン、無理しなくていいよ!クッキー苦いでしょ?」

お母さんが、完全に見えなくなってから言う。


「んー。普通に、美味しいよ!」

キョトンとした顔でとめる私を見つめる。

「え?」

「うちの、母親はトマトチョコプリンとか、はちみつにんにくのバナナケーキとか、本当によくわかんないもの作ったりするから…。」


「なんかすごい!!食べれるの?」

「うん…。ただ、さすがにイチゴジャムとタバスコとケチャップの真っ赤なかき氷だけは、完食できなかったかな」

と苦笑いする。

他のは完食したんだ…。

なんか、お母さんのクッキーが、かわいいもののように思えてくる。

でも、あんな綺麗な、レンのお母さんも凄いことするな…。

いや、むしろ、サバサバした雰囲気のお母さんだからこそ、そんなチャレンジ料理が、出来るのかななんて考えてしまう。





「みくねぇちゃん!」

ギュー

私の服の裾を千奈ちゃんが、最近強く握ってきた!

「どうしたの?」



「レンにぃちゃんと、ばっかりじゃなくってちなと遊んでー!」

甘えて、私服にしがみついてくる。

私は、千奈ちゃんを抱きしめて膝にのせる。

千奈ちゃんはいい匂いがするな…。

「ちな宝物にするから、ちなの顔の絵描いてー」

「私絵下手だよ?」

「いいよー」

私は、千奈ちゃんを私のベッドに座らせ引き出しから紙とペンを取り出す。


一応、ペンを走らせて見るけど、下手だ。2次元って3次元よりかわいいはずじゃないの?

本物の千奈ちゃんのほうが100倍かわいい…。


レンが、覗き込んでくる。


「みく…。」

なにか、言いたげな顔をしたけどレンは、言わずに眉間に軽くシワを寄せた。

「な、なに!?」

「意外に不器用だなって」


「じゃあ、レンも描いてよ!」

私は、さらにペンと紙を取り出しレンに渡す。

レンは、千奈ちゃんの顔をマジマジと見つめながら、描いていく。

「レンにぃちゃん下手だー!千奈こんなにブスじゃないよ!」

千奈ちゃんは、まだ描きかけの絵をみながら口を尖らせた。

「もういいもん!まさにぃちゃんに描いてもらう!まさにぃちゃんも書いてー!」

千奈ちゃんは、勝手に引き出しを開けると、ペンと紙を持って、勝くんが閉めていたカーテンをガラガラと開ける。

勝くんは寝ていたのか寝ぼけた顔で、目をこすっていたけど、千奈ちゃんを、怒らないで

「どうしたんだよ」

と、千奈ちゃんの頭をなでた。

「ちなの絵描いてー!」

ニッコリとペンと紙を勝くんに突き出すと、勝くんは、黙って受け取り、さらさらとペンを動かす。


「わぁ!上手!」

千奈ちゃんは、あっというまに書き上げた絵を見ながらピョンピョンと跳ねた。

「見せて!見せて!」

私とレンも、勝くんの絵を覗き込む。

うまい!!私やレンの絵なんで比べ物にならないくらい!!

「勝くんって器用だね!」

「まー。そうだな。」

勝くんは、興味なさそうに冷たく言った。


「えへへ!みくねぇちゃん達ありがとう!千奈一生大事にする!」

千奈ちゃんは、私達の描いた3枚の絵を胸に抱いてニッコリと笑う。


「千奈ちゃん急にどうしちゃったの?」

私が、声をかけてもふるふると首をふる。なんだか、いつもの千奈ちゃんと違って見えた。




その後も絵本を読んだりすると嬉しそうに目をキラキラさせるし、元気いっぱい甘えてくるところは、変わらないけど、急に寂しそうな顔をしたりするのがなんだか、心配だった。



「千奈ちゃん!今日もたくさん遊ぼうね」


でも、次の日には、千奈ちゃんは嬉しそうに笑った。

ずっと、変わらない千奈ちゃんのかわいい笑顔。










あぁ。なんて、今私は、幸せなんだろう。




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