全力で恋したい!

ちゃんと逃げられたんだ。
良かった。
あたしはもう、そんな事しか考えられなくて
抵抗する事もなく
男の手が身体中を触るのを
遠くの方で感じていた。

顔に当てられていたナイフが
ブラウスのボタンを切り取ろうとした瞬間、
凄い音と共に男が床に転がった。

「心!?大丈夫か!?」

来てくれたのが誰かもわからない間に、
あたしは意識を飛ばしてしまった。

助かった、と。



あたしが目を覚ましたのは、
22時を過ぎた頃だった。
身体にはまだ記憶に残るにおいがする
ジャケットがかけられてて、
少し鼻につく煙草のにおい。


「松田、先生?」
「ん?良かった、目が覚めたか。」
「あたし…」
「大丈夫。あいつ捕まったから。」
「はい…」


話を聞くと、
あの男はあたしを狙っていたストーカーで、
子犬を見つけたと呼び出された日
鍵をかけ忘れたこの部屋に忍び込み
カメラと盗聴器を仕込んだんだと。

あたしは、まさか自分が
そんな対象になるなんて想ってなかったから、
全く実感がなかった。

「大丈夫?何かされた?」
「いえ、多分……何も……」
「怖かったろ?もう大丈夫だから」
「…………」
「泣いていいんじゃね?もう」

あたしは松田先生の後ろ姿を見ながら、
子供の様に泣いた。
子犬が心配そうに足元に座ってあたしを見上げてる。
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