また、部屋に誰かがいた
埼玉県南部にある新興住宅地。都心への通勤にも便利なこの町では近年、人口が急増していた。
病院や学校、美しく整備された公園なども備え、普段は穏やかで静かな場所だ。
しかし、そんな町の一角は喧騒につつまれていた。
時刻は早朝。まだ始発電車も動いていない時間だというのに、そこには多くの人間が不安そうに集まっていて、それらを整理する多数の警察官とパトカーが道路を埋め尽くしていた。

現場に到着した埼玉県警刑事部捜査一課の脇田は初動の警察官から報告を受けていた。

「近所に住む主婦から『不審な物音がする』との通報があって、私と山崎の2名が現場に到着しましたら、既に2階の寝室で、この家の住人である吉本真奈美さんと娘の吉本彩奈ちゃんが刃物によって刺され失血死しておりました。同じく長男の吉本健人君にも数か所刺し傷がありましたが、こちらは首を絞められ心肺停止の状態で病院に運ばれました。
1階リビングの窓ガラスが割られており、犯人はそこから侵入したものと思われます。
侵入した犯人はまず、眠っていた真奈美さんをいきなり刺したようです。刺し傷は8か所。
続けて彼女の隣にいた彩奈ちゃんを刺し、こちらは1回で致命傷を与えています。
その後、隣の部屋の健人君が襲われたのではないかとみています」

「息子のほうは助かりそうなのか?」

「まだわかりません。それと現場に落ちていた包丁が凶器と思われますが、これは元々、吉本家にあったもののようで母親の指紋と抵抗時についたであろう健人君の指紋のほかに第三者の指紋も残っていました。現在、鑑識で調べてもらっています」

「そうか…。その息子が助かってくれれば、有力な目撃証言が取れるんだが…」

鑑識係が作業をするなか、脇田は吉本健人が救急車で運ばれた病院へ向かった。病院では、幼い一命をなんとかして、とりとめようと医師たちによる懸命な処置が行われていた。
彼は待合室の椅子に座り、母親と幼い子供たちを襲った凶悪、かつ非情な犯人に対する激しい怒りを感じていた。

「必ず、俺が犯人を捕まえてやる。だから死なないでくれ」


そう呟く脇田の耳に待合室に置かれてあったテレビからニュースキャスターの声が聞こえた。






「日本時間で昨夜、ニューヨークで航空機によるテロ事件が発生しました」

2001年に起こった凄惨な事件は未解決のまま15年が過ぎた。
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