また、部屋に誰かがいた
朝から日差しが強い。今日も暑くなりそうだ。
迎えの私服警察官に促されるままに、「あの男」が乗り込んだ車は、アパートの前で見張っていた彼の前から遠ざかっていった。

「ちっ…」

そう舌打ちした彼だったが、それから数分して、そのアパートから昨日、あの男と一緒にいた女が出てきた。きっと「あの男」にとって大事な女に違いない。

(許さない…あの日…俺は決して許さない…)

不気味な影が後を追ってきていることなど全く気付かないまま、達也の部屋を出た侑里は朝食用のパンとヨーグルトを買いにコンビニに向かっていた。


前夜、発生した7件目の殺人事件は達也が住むアパートの最寄り駅から徒歩10分くらいの路上で発生した。
そのため、そこにいた捜査員が本庁へ向かう際に達也を迎えに寄ってくれたようだ。

その被害者は島田莉緒。
この春に短大を卒業し、就職したばたりだったのに、夜21時ころの帰宅途中、背後から鋭利な刃物で襲われた後に胸部を数回に渡って刺された。
彼女は殺される直前に現場近くのコンビニで買い物をしていたことがわかっており、その店の防犯カメラには被害者と、これまでも何度か防犯カメラに姿を残している犯人と思わしき人物も映っていた。

「犯行の間隔が狭くなってきている。早く捕まえないと、また被害者がでるぞ」

捜査会議を控えた本部は警察の威信をかけた捜査に対する緊張と使命感にぴりぴりとした空気に包まれていた。

「教授、お待たせしました。何からお手伝いすればいいですか?」
「おお、木島君すまないね。そっちのデスクで説明するよ」

二人はパソコンのキーボードが書類で埋まってしまっている机を挟んで
「これと、これを1枚にまとめ直してほしいんだ。その間に僕は今回の事件も含めて、ここの資料を書き直す」
「これと、これですね。すぐにやります」
そんな、やりとりの後に二人が作業を開始したときである。

「犯人が逮捕されました!」

突然の声に二人の手が止まる。
「先ほど、新たに8人目の被害者が出てしまったんですが、その現場で現行犯逮捕しました。これまで防犯カメラに写っていた特徴とも合っています。」
「今までは全て夜の犯行だったのに、どうして…?」驚く教授の隣で達也は
「その8人目の被害者は?」知らせに来た警察官に尋ねると
「残念ながら、亡くなったそうです。目撃者の通報を受けて警察官がすぐ駆け付けたんですが…。被害者は既に息を引き取っていたそうです」

犯人が捕まったことは良かったが、8人目の被害者は救えなかった。
素直には喜べない結果に武田と達也はしばし、黙りこくってしまった。
しかし、次に聞こえてきた言葉は…



「被害者の身元は森下侑里。22歳」

「………!!」思いがけず聞こえてきた恋人の名前に達也は愕然とした。




< 73 / 147 >

この作品をシェア

pagetop