一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 土曜日の朝、成瀬はまた私が起きるよりも早く帰ってしまっていたのだが、やはり丁寧な文字で泊めたことへの感謝が綴られたメモを残していた。

 けれど次の約束をもう残すことはなく、そのことに気がついた時、思わず落胆の溜息をこぼした自分を嘲笑したくなる。

 それからスマホのアプリを開き、私は休みの日になんの約束も持たない、スマホの中の二次元を愛する喪女に戻った。



 月曜日、いつものように出社し、いつものように仕事をしながらも、時々ちらりと成瀬を見遣る。

 今日もやはり雨が降り、空調をきかせていても湿気た空気が部屋に満ちる。


(抱きしめて眠ったくせに……)


 今の成瀬はまるで別人だ。


 小憎らしいほど私など眼中にない仕事ぶりで、研修の手配を様々な部署と連携してテキパキとこなしていく。

 まあ、自分だって会社の姿と普段では全く別人だから、そんなもんだよねと言い聞かせてみるのに、感情がざわめいて苛ついてしまう。


 だから三次元はイヤなんだ。


 心で呟いた時、内線が私を呼び出した。

「はい、人事課の柴崎です」

『あ、総務課の早川です』

 内線の相手は、総務課の早川さんだった。

 以前、総務課でもめた時に「俺は覚えている」と唯一私の味方をしてくれた先輩社員だ。 
< 114 / 255 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop