一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 そこに書かれている文字を目で追い、私は息を詰める。


 ――今日、話がしたいので夜に先輩の家に行きます。夕食を買っていくので一緒に食べましょう。


「……どうでしょう?」

 首を傾げる成瀬の姿は、傍から見れば不明点を質問し、その返事を待っているとしかみえないだろう。

 しばらく目を見開いたまま硬直していたけれど、自分でも表情が硬くなるのを自覚する。

 どうしてこの男は私の心を揺らがせてくるのだろうか。


 憎らしくなる。


 昨日、ベッドに転がった時には確かに思っていた。

 ――男なんか私には二度と必要ない。誰も彼も進入禁止だ、と。

 それなのにこんな紙切れ一枚で私の決意を砕こうとする。

「お断りよ」と冷たく言い放てばいいだけなのに、なぜか唇が開くことを拒否しているように上手く言葉を紡げない。

 ふと考えた。

 いつの間に私はこんなに弱くなったのだろうか。

 つい最近までは、一生喪女として生きていく覚悟ができていた。
 二次元があれば三次元なんか二度と必要ないと決めていたのに。

(成瀬だ……)

 この成瀬春人という年下の男と出会ってから全ての歯車が狂いだした。
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