見えない何かと戦う者たちへ

「ああ、助かる…」



まだ垣内は下を向いたままだった。

初めて出会った春に比べて
だいぶ伸びた髪の間から口角を
上げていることだけはわかった。

明日香はからかうように
垣内の隣に座りながら言った。




「全然ありがたみを感じない言い方ね」

「…あ、あぁそうだな」




何がおもしろいのかわからないが
垣内はやはり口角を上げたようだ。

これが俗にいう
”苦笑”か。

彼女たちの後ろでは
太陽が今か今かと沈むのを待っていた。




「…なぁ」




垣内がやっと顔を上げたと思ったら
明日香の方に振り向いたのだ。

まさか振り向くとは思ってなかったので
かなり近くに座ったことを激しく後悔した。



二人の距離は
目と鼻の先だった。

二人して向き合って見つめ合って、
先に耐えれなくなったのは明日香だった。




「なっなに」




ひざとひざの間に顔を埋めた明日香が言った。





「質問したいんだけど…」




垣内も見つめるのをやめ
正面を向き直った。

明日香は頭を軽く振って
いつもの表情に戻した。





「どんな質問かは知らないけど、
それに答えるかわりに私からも質問していいかしら?」




垣内はうなずいた。

交渉成立だ。

交渉というレベルのことではないかと
一人でボケてつっこんでみた。

懍や美結の影響で
ここ最近ジョークといういらないものを身に着けた明日香であった。


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