スワロウテイル
「ごちそうさまでした」

出された夕食を綺麗に平らげた玲二は胸の前で小さく手を合わせて、向かい合って座る千草ばあちゃんに頭を下げた。

今日のメニューは豚のしょうが焼き、小松菜の辛子和え、だし巻き卵、豆腐の味噌汁だった。

千草ばあちゃんの作る食事は全体的に茶色っぽくて地味だ。だけど、東京でよく食べていた彩り鮮やかなお惣菜よりずっと美味しい。

玲二は病み上がりの千草ばあちゃんにしばらく食事の支度はしなくていいと申し出たのだけど、馬鹿なことを言うなと逆にお説教をされてしまった。

「病み上がりだからこそ、美味いもんを食わなきゃならん。 美味いもん食わないと生きている甲斐がないだろ」

千草ばあちゃんはそう言って、皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして笑った。
長年の畑仕事で日焼けした肌はごわついていて、シミもたくさんある。
ぱっと見ただけでは、おじいちゃんなのかおばあちゃんなのかよくわからない。
だけど、千草ばあちゃんの笑顔はとても綺麗だ。

自分の為だと言いながら、本当は玲二の健康を気遣って食事を作ってくれていることはわかっていた。その証拠に、千草ばあちゃんはあまり好かないと言っていた肉料理が必ず一品は食卓に並ぶ。

預けられたのが千草ばあちゃんのところだったのは、玲二には予想外の幸運だった。

築50年は経過しているであろう木造家も、掘りごたつも、ウォシュレットのないトイレも、初めはびっくりしたけど‥‥今ではすっかり馴染んでしまった。
家の居心地の良さというのは、設備や新しさで決まるものではないんだなと実感する。

この家にいると、玲二はすごく楽に呼吸が出来る。と同時に、東京のあの家がいかに自分にとって息苦しい場所だったかを知る。

「洗い物くらいは俺がやるから、少し休んでて」

千草ばあちゃんにそう声をかけて、台所へと向かった。
ザー、ザーと蛇口から流れる水の音を聞きながら、玲二は思いを巡らせる。

自分は今、想像もしていなかった穏やかな日々を送っている。千草ばあちゃんや修のような温かい人に囲まれて、少しずつ傷が癒えていくのを感じている。

だけど時々、ふと気がつくと、たった一人で暗闇の中に立ち尽くしている時がある。闇は長い腕を伸ばして、玲二を取り込もうとしてくる。
玲二はそれに抗えない。それどころか、心のどこかでこのまま闇に呑まれてしまえばいいとすら思っている。













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