スワロウテイル
五條 玲二様

玲二君がこの手紙を読んでくれる可能性はどのくらいかな? きっと数%にも満たないよね。それなのに、今とてもドキドキしながらこの手紙を書いています。

本当はね、直接話をしたかったんだけど(といっても私の場合、結局は文字に頼ってしまうんだけど)どうしても勇気が出ませんでした。
こんな手紙は玲二君にもあの可愛い彼女にもきっと迷惑でしかないでしょう。
だから、誰の目にも触れることのないこの形が一番いいのかも知れないね。

何から話したらいいのかな? 手紙って難しいな。

そうだな。まずは、ありがとうを言わせてください。
玲二君と話している時が今の私には一番楽しい時間です。
休学しているとき、高校なんてやめちゃおうかって何度も何度も考えた。けど、やめずに復学してよかったです。
貴方に出会えただけで、私には意味があったから。

私の耳の話はあまりしたことがなかったよね? 実は私の失聴は突然の出来事ではなかったんだ。 元々、聴力に問題を抱えていて50%の確率で失聴するだろうと医師からは宣告をされていました。
だから覚悟はしていたつもりだった。だけど、やっぱりいざ無音の世界に放り出されたら不安で不安でたまらなかったな。覚悟なんてちっとも出来ていなかった。

それからね、話すことも怖くてたまらなくなってしまったの。
自分の声の大きさや発声が変じゃないかって周りの目が気になってパニックになってしまって‥‥家族の前ですら話せなくなった。

そしたら段々ね、このまま話さなくてもいいかなって思うようになった。
後天的な失聴者は話せる人がほとんどなんだけど、やっぱり健聴者に比べると癖のある発声になってしまうみたいだから。
いつか、自分の言葉が誰にも理解されない日がくるかも知れない。そんな風に怯えて暮らすのが嫌だった。
すでに私は人生の半分以上を、いつか聞こえなくなる日がくるかも知れないと怯えながら生きてきたから。

逃げているだけなのかもしれないけど、私には光も匂いも、何より文字がある。
持っているものもたくさんあるんだ。
そんなふうに考えてみたら、少し明るい気持ちになれた。
ネガティブなのかポジティブなのか自分でもわかりません。おかしいよね?


だけど、玲二君に出会ってその気持ちが揺らぎ始めた。

貴方の名前を呼んでみたい。そう思ってしまったから。

それからね、実は私の耳は高音域の音だけはかすかに拾うことができます。人の声は聞こえないけど、機械音とかは聞こえるものもあるんだ。
普通に聞こえる人からすれば本当に微々たる聴力なんだけど、私が生きていく上ではとても役に立つものです。
このかすかな音を私に残してくれた神様には感謝してもしきれない。

だけどね、今は全ての音を失っても構わないから、玲二君の声だけは聴こえるようになればいいのに‥‥そんな無茶苦茶な夢を見ています。

一生何も聞こえなくなってもいい。
一度だけでいいから‥‥貴方の声を聴かせて欲しい。

そう思うだけで、明日も生きようって気持ちになれるんだ。

玲二君、私は貴方のことが大好きです。

菅野 菜々子


五條 玲二と菅野 菜々子の物語 fin
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