笑って。僕の大好きなひと。

夢から目が覚めたとき。

何かが変わった、と思った。

見慣れた天井も、勉強机も、ハンガーにつるした制服も、昨日と違うものはひとつもないのに、自分の中の何かが新しく変わった。そう思った。


  ***


「えっ!? 自転車で行くの?」

「うん」


びっくり顔のお母さんにうなずいて、わたしは引き出しの中から小さな鍵を取り出す。


「大丈夫なのか? 車が多いし、危険なんじゃ……」


心配性のお父さんが、ひげを剃りながらリビングに現れた。


「ちゃんと気をつけて走るから平気だよ。てかお父さんこそ、早く用意しなきゃ遅刻するんじゃない? 今日は出張でしょ?」


時計を見たお父さんが「やばい!」と叫び、ひげ剃りと同時進行でシャツのボタンを留めていく。器用だ。

わたしは頭の中で、学校までの道順を確認した。

ふだんは電車で通っている距離。自転車なら、二時間くらいはかかるだろうか。

急に思い立ったのには、特別な理由なんてなかった。ただ、なんとなく。本当になんとなく、自分の足で自転車をこいで、学校まで行きたいと思ったんだ。
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