僕の星
 間もなく京都に到着するというアナウンスが流れた。
 里奈は我に返り、バッグを膝に乗せる。そしてふと、取っ手を握り締める左手薬指に目を留めた。

「どうした、ぼーっとして?」

 ジャケットを羽織りながら、春彦がこちらを向く。

「えっ? ううん、何でもない……」

 里奈は曖昧に返事する。
 ごまかすように笑うと、京都で降りる準備を始めた乗客達に視線を移動させた。


 去年、里奈は成人式の日に春彦の故郷を訪れた。そして名古屋へと帰る別れ際に、涙を零した。
 春彦とずっと一緒にいたい。
 切実に思うあまり零れた涙であり、それは彼にも伝わっていた。

 あれから二人は婚約した。
 もちろん正式なものではなく、両家の親に意志を伝え、結婚を約束したという意味である。

 最初、里奈の父は反対した。
 しかし、春彦が大学卒業後も名古屋を離れないと口にしたとたん、認めてくれた。

『いずれにせよ、きっちり就職してからの話だ』

 森村工業を継げとか、そういったことは何も言わない。きっと、相手が春彦だから認めてくれたのだと、里奈は思っている。
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