僕の星

きらめく星

 奈良は行楽客で賑わっている。
 今は桜の季節であり、世界遺産を目当てに訪れる外国人観光客も多いようだ。

「そうだな、桜と寺は相性がいい。今の季節に旅するのがベストだね」

 春彦がレストランの窓から外を眺め、納得したように頷く。

(桜の季節……かあ)

 里奈はデザートを食べながら、ひとつ訊いてみた。

「今まで訊こうと思ってたんだけど、どうして秋生まれなのに春彦なの?」
「ああ、名前ね」

 湯呑に残ったお茶を飲み干すと、彼はにこりと微笑んだ。

「俺が生まれる前の日、お袋が春の夢を見たらしい」
「春の夢?」
「ああ」

 春彦は遠くを見るような眼差しになる。

「どこかの山か、野原のような場所にお袋は立っていた。桜に菜の花、雪柳が満開で、とてもきれいな景色だったらしい。あったかくて、やさしくて、幸せな気持ちになれた。そんな穏やかな人になりますようにと、『春彦』と名付けたと聞いてる」
「あったかくて、やさしくて……幸せ」

 母親の子どもに対する希望や願い。そして愛情が感じられる。

「そうだったの。お母さんが」

 里奈はふと思い至る。
 そんな大事な息子を愛知へ連れて来てしまった私は、もしかしたら無情なことをしているのではないか――と。もし里奈が千葉に住むとしたら、両親……特に母親は寂しがるだろうと想像できた。


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