僕の星

滝口里奈

 春彦は大学卒業後、名古屋近郊の工作機械メーカーに就職した。
 希望どおり生産技術部に配属された彼は、工作機械を製造管理する仕事に携わっている。技術者として覚えることは山のようにあり、勉強の日々だと里奈に教えた。

 一方、二人は結婚に向けた準備も進めている。
 秋には結納もすませ、正式に婚約した。挙式一か月前の2月には、春彦の職場に近い場所にアパートを借りて、生活に必要な荷物を運び込み、部屋を整えている。

 忙しく充実した日々は、瞬く間に過ぎていった。

 そして、春3月――

「お前は明日から滝口里奈になるのか。そうか、滝口里奈か」

 居間の窓からおぼろ月を見上げ、父がぽつりとつぶやく。
 少し猫背になった父の背中はどこか寂しそうで、感慨深げでもあった。

 実家で過ごす最後の夜。
 婚約してからこれまでの月日を里奈は思い返す。

 父は自分の工場に春彦を呼び、何度か腕試しをさせている。具体的な課題を与え、そのとおりに鉄を加工させるのだ。
 春彦も父の意図がわかっているので、里奈の家に来る時は作業服を持参していた。
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