僕の星

近付く距離

 滝口の下の名前は春彦(はるひこ)といった。

 滝口春彦――

 ずっと知りたかったその名前を、里奈は口の中で繰り返す。そして早速、応用してみる。

「それで、春彦君……さっきの話の続きは?」

 春彦はちょっと照れた顔をして、話し始めた。

「俺は次男坊でさ、以前から両親に言われてたんだ。土地や建物は兄貴に譲るけど、お前にはそれ以外のものを、家を出る時にやる。好きなものを持って行けって」

 里奈はうんうんと頷き、頭の中でメモを取る。
 春彦君にはお兄さんがいる……またひとつ、彼について知った。

「そこで俺はまず、お袋のダイヤの指輪に目をつけた」
「ダイヤの指輪って……もしかして婚約指輪?」

 里奈の母も、父から送られた婚約指輪を大切にしている。いつだったか、見せてくれたことがあった。地球上でもっとも硬い天然物質であるダイヤモンド。まるで生きているかのように、きらきらと輝いていた。

「子どもの頃、お袋に見せてもらったんだ。夜空の星みたいにきれいで、さすが鉱物の王様だなあって感動したよ。ダイヤの資産価値がどんなものかは知らないけど、俺はその指輪をもらうことに決めた」

 里奈はダイヤモンドを星にたとえる彼の感性が、素敵だと感じた。

「もう、もらったの?」
「ああ。誰にも取られたくない、自分のものにしたいと思ったからね」

 滝口は低い声で言うと、里奈を見つめた。
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