虚無たちの葬失




「美緒はニヒリストでも、人生を悲観するようなニヒリストじゃない。だから、読書をして人生をよりよくしようということに矛盾はないと思うんだけど」

「……私にはよくわからないわ」




美緒は軽く頭を振り、再び紙面に目を落とす。



和真は遥の講義に感心したように笑い、純也は再度、窓際から夕方の校庭を見下ろした。




「で、純也。最初の話は?」




今まで黙って四人のやり取りを聞いていた誠が、教室の隅から純也に問いを投げかけた。



純也は誠の方に振り返り、「ああ」と投げやりに返事をして先ほどの話を続ける。




「俺は昔ミステリーが好きだったから、今でも凪紗の死を不可解に思うんだ。凪紗は……密室で死んでいた。覚えているだろう?……凪紗が、三階の部屋で死んでいたのを」




和真と美緒、遥は互いに顔を見合わせた。



誠が口を開き




「僕もよく覚えている。最初に彼女の遺体を見つけたのは僕らだったから」




と言う。



和真は何かを誤魔化すように天井を仰ぎ、遥はポニーテールを垂らして俯いた。




「純也は……犯人当てをしろっていうの?」




美緒が小説を閉じ、黒い瞳で射抜くように純也のことをねめつける。




「犯人を探して、どうするのよ。犯人がわかったところで……それにどんな意味があるの?」

「……あの日の凪紗が普段とは異なっていたこと、美緒は知っていたか?」




純也は美緒の視線から目をそらし、校庭を駆け回る彼らを眺めてそう問いかけた。



美緒は軽く髪に手ぐしを通し、声のトーンを落としながら廊下の様子を伺う。




「……あんなあからさまな異変、気づいていたに決まってるじゃない。凪紗はいつも口癖みたいに虚無が好きだって言っていた。でもあの日の凪紗は……一言も口癖を言わなかった」

「その通りだな。おれも変だなあって朝からずっと思ってた。……同じクラスだったから」




和真がロッカーから降り、着崩した詰襟服のポケットに手を突っ込んで、一番近くにあった机に無造作に座った。



教室には三十の机が規則正しく並べられており、それらは自称虚無主義者である彼らの目には常に空虚なものとして映っている。




「なんで様子が変だったのかな。……犯人と何か関係があるのかな」




遥がポニーテールの先に触れ、垂れ気味の眉を寄せる。



純也は窓際にもたれかかるのをやめ、ぼんやりとハイライトのない目で自分の右手を見つめた。



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