火恋 ~ひれん~
 渉さんを憎む邪さと、静羽さんへの愛着を混在させた彼が。包囲網を狭めながら、わたしを最後の網に追い込む。
 計算ずくに見えても思いは純粋で。どこか放っておけないひと。鈍く胸の内に痛みが走る。高津さんにとってわたしは、失くしてしまった“姉さん”の代わり。その手を取れば、傷つき捻じれてしまった心も掬ってあげられたかも知れない。


 ごめんなさい。


 心の中で静羽さんに祈った。貴女の大切な家族を、わたしは一人だけしか掬えない。貴女が大事にしていたものをもっと壊してしまうかも知れない。ごめんなさい。赦してください、それでも。

「わたしは泣かされてもいいんです」

 どこか怪訝そうに眇められた、高津さんの目を見つめ返す。

「それで傷つけられても、渉さんがわたしを大事に想ってくれてるのは、ちゃんと解っていますから。・・・たとえ死に目に逢えなかったとしても。恨んだりもしません。幸せだったことに間違いはありませんから。・・・後悔もありません」

 刹那。渉さんの気配が、琴線に触れたように揺らいだ。
 構わずにわたしは続ける。

「・・・代わりのいない大事な仕事を、無責任に放り出して病院に駆けつける夫より、最後まで自分の責任を全うした立派な夫を、・・・静羽さんなら」

 そこまで言って急に声が詰まった。涙を必死に堪えて絞り出す。

「・・・・・・渉さんらしいって、言うと・・・思うんです・・・」

 
 何故か。涙が溢れて止まらなくなった。
 まるで誰かと。何かと同調しているかのように。
 切なさと寂しさと、愛おしさが突き上げる様に後から後から込み上げて。
 両手で顔を覆い嗚咽した。
  
「・・・・・・織江」

 渉さんの苦しそうな呟きが聴こえ、きつく腕の中に抱き竦められる。

「そこまでにしときなよ・・・高津さん」

 どうしてか藤君の声と。
 また出直すよ、と冷めた声も聴こえた気がして。

 昂った感情に思考が混濁していた。
 首筋にチリッとした痺れを感じたきり。その後の記憶が、途切れていた。



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