リアルな恋は落ち着かない
「じゃあ、また・・・。ありがとう、送ってくれて」

「はい。だから、もう中入ってください」

苦笑いする五十嵐くん。

私はいざとなると別れがたくて、なかなか足が動かない。


(でも、五十嵐くんも帰らなきゃだよね・・・)


雨で濡れてしまったし、五十嵐くんは明日も仕事だ。

風邪をひいたら大変だと、今度こそ帰ろうとした瞬間、私ははっと思い出す。

「そうだ。クリーニング代」

結局、ジャケットは彼が手にしたままでいる。

もうお店に行くのは頼むとしても、クリーニング代くらいは出そうと思った。

「いいですよ、ほんとに」

「ううん。それくらいは・・・」

言いながら、カバンの中の財布を探る。

トートバックの奥底に潜む、二つ折りの茶色い財布。

ポーチやハンカチが邪魔をして、なかなか取り出せないでいると。

「・・・橘内さん」

呼ばれた声に、応えるように顔を上げた。

するとその瞬間に、突然、視界を彼に遮られた。

「・・・!」

一瞬すぎて、起こったことを理解するのが難しかった。

触れた唇。

キスをされたとわかったのは、残った感触がそのまま消えなかったから。

「・・・これで十分です」

そう言うと、五十嵐くんは甘く笑った。

そして私をマンションの中に送り入れると、駅方面に歩いて行った。









< 184 / 314 >

この作品をシェア

pagetop