もう一度君に会えたなら
 溺愛されていると感じたことはなかったが、客観的にはそう見えていたようだ。

 義純さんから聞いたが、わたしが中学生になったころ、周りの人が仕事の量を戻したらどうかと尋ねてきたようだ。だが、お母さんはお父さんが忙しい立場にあることもあってか、自分だけは極力傍にいたいと仕事量を戻すことはしなかったらしい。母親であることは、ずっと続けてきた法律の勉強以上に彼女の人生の充実には欠かせないようだ。

 彼の持ち前の性格もあってか、人間関係は極めて良好で、すごく楽しそうだ。

 彼はお母さんのことも教えてくれた。彼のお母さんはお父さんが会社を辞めた後、家を出て行ったらしい。川本さんのお父さんが沙希さんのお母さんの治療費やその借金をどうにか工面しようとしたことでお母さんともめたようだ。沙希さんのお母さんに対する気持ちが残っているのを察してしまったのではないかと川本さんは言っていた。それから母親とは連絡を取っていないという。

 彼はあの旅行から帰った後、大学を受けたいとお父さんにも話をしたらしい。彼のお父さんは学費は自分でどうにかしろと言い放つだけだった。だが、彼のお父さんは今までアルバイトという形で働いていたようだが、転職をして長時間働ける仕事を見つけたようだ。学費は自分で払わないといけないようだが、今までのように生活費で困るようになることはなくなったようだ。

 合格後、わたしのお母さんの事務所で働くと言っても、彼のお父さんはただ「そうか」とだけ言っていたようだ。


 目に見える部分以外のところでも着実に何かが変わっていた。彼を応援したい気持ちは当然ある。だが、一歩だけわたしより先に人生を歩んだ彼が少しだけ遠くに感じるときはある。

 自分の道をしっかりと歩み続けることで、いつか彼に追いつけるはず。あのときのように、わたしたちを強引に引き離すものはないのだから。

 わたしは隣を歩く義純さんを見て、目を細めた。
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