もう一度君に会えたなら
 だが、その願いは叶えられなかった。

「今もだよ。父親が幼馴染の母親のことが好きで、母親はあんな形で家を出て行った。だから、どこか投げやりになっていたんだと思う。どうせ俺が何をしても無駄だと。でも、それじゃダメだと思ったんだ。あのとき、君に会えて本当によかった」
「わたしもそう思う。歩んだ道は変わらなかったかもしれない。でも、あなたに出会わなかったら、そこに自分の意志はなかったと思う」

 同じ道を選んだとしても、自分の意思があるのとないのでは大きく違うのだから。

「あのとき、言いかけたのを覚えている?」

 わたしは頷いた。

 十年前には教えてくれなかった言葉。
 今の自分には重すぎる、と。
 あのときの彼は希望に満ちながらも、その重圧に耐えられるか分からなかったのだろう。
 だが、彼はやり遂げた。
 周りからの援助もあったが、彼自身の力で。

「もう一度君に会えたら、今度はずっと一緒にいようと言いたかった。もう今更かもしれないけど」

 彼はスーツのポケットから小箱を取りだし、わたしの手に乗せた。
 わたしは期待に胸を膨らませ、その中身を確認する。
 想像していたのにも関わらず、目頭が熱くなり、視界が霞んできた。

「奇遇だね。わたしもずっと同じことを言いたかったの」

 彼の目がわずかに潤んだ。彼の口元が緩む。

「これから先、ずっと俺と一緒にいてくれますか?」

 わたしはもう一度彼を見て、首を縦に振った。


                                終
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