もう一度君に会えたなら
「いや、昼からバイトなのに、遊びに行くなんて失礼だろう。どこかに出かけることもできないし」
「確かにそうだけど。それでも唯香はあなたに会いたかったんだと思います。だって、唯香はそうでもしないとあなたに会えないから」

 彼女は頬を膨らませた。

「榮子」

 わたしは彼女をたしなめた。
 川本さんは小さく声を漏らした。

「そうだね。悪かったよ」
「だったら一緒に帰ってあげてください。わたしは用事を思い出したので、一足先に帰ります」
「分かった」

 彼はすかさずそう返事をし、優しく微笑んだ。
 わたしの心臓が大きく震えた。胃の奥が妙に熱を持つのが分かった。

「じゃ、先に帰るね」

 榮子はためらうわたしの肩を軽くたたいた。自分とここで別れてしまうのを気にするなと言っているようだった。
 ここまでわたしのわがままに付き合ってもらったのに、彼女はそうしたことを微塵も感じさせなかった。

「この時期に海にくるのは珍しいね」
「なんとなく、そういう気分だったんです。川本さんも同じですよね」
「そうだね」

 彼は一度言葉を切った。そして、海に視線を投げかけた。

「俺、なぜかわからないけど、無性に海が見たくなったんだ」
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