もう一度君に会えたなら
 家に帰って鞄を机の上に置いた。私は髪の毛をかきあげると、深呼吸をした。わたしの脳裏に蘇るのは友人と食べたソフトクリームではなく、あの通り過ぎた男の人だ。あれから一時間はゆうに過ぎたはずなのに、まだ心の奥が熱かった。

 通りすがりの人だ。また会う可能性なんてほとんどない。それに向こうだってわたしを知っているわけがないのだから。

 どうぜ一度眠ってしまえば、この動揺もなくなるはず。
 今日一日の我慢だと言い聞かせ、わたしが制服から着替え、宿題を鞄から取り出したとき、ドアがノックされた。

 ドアを開けると、ふっくらとした体格の良い女性がこちらを見て微笑んでいた。

「唯香様、食事ができております」
「ありがとう。今すぐ行くわね」

 わたしは会釈した。
 彼女はわたしの家で働いてくれている人で上田瑤子という。

 わたしの両親は忙しい人なので、子供のころは彼女はよく面倒を見てくれていた。わたしのもう一人のお母さんと呼んでもおかしくない存在だ。高校生になった今でも週に二度ほどごはんを作ったり、家の掃除をしにきてくれていた。

 わたしの話を何でも聞いてくれるし、希望もできるだけ叶えてくれる。
 ただ、様つけで呼ぶのはやめてほしいというのだけは一度も聞いてくれない。
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